(前編)につづき、「時間」と「光」をデザインした「CITIZEN L Ambiluna」はどのように誕生したのか。デザインアドバイザーを務めた建築家の藤本壮介さんと、シチズンデザイン部チーフデザインマネージャー吉田麻里恵さん、ブランド事業部企画営業部の宮川花菜さんが、さまざまなエピソードを振り返ります。
すでに完成されているから、チャレンジできることがある
ーー エシカルをテーマにしたウオッチブランド「CITIZEN L Ambiluna」は、どのように生まれたのですか?
宮川: 「CITIZEN L」は、2012年からグローバルで展開していたブランドです。当初から「Beauty is Beauty(美しいものは美しいマインドから生まれる、内側の美が外側を輝かせる)」と、「美」をコンセプトにしていたのですが、日本人が感じる「美」と海外の人が感じるそれとはどうやら少し違うかも、と感じて。とはいえ、きっと世界中で誰もが共通して美しいと思えるものがあるはず。そこで、部内のメンバーで「美しい人ってどんな人だろう?」と意見を出し合ってみたんです。すると、オードリー・ヘップバーンやダイアナ妃の名前が挙がりました。何が共通しているのかを考えてみると、「心の美しさ」や「自分以外の誰かに対して思いやり」がある女性だった。そうした、いわば内側にある「美」を時計にも取り入れられないかーー。そうした思いを模索するうちに「エシカル」という考え方に行き着いたのです。
吉田: シチズンには、光で動く「エコ・ドライブ」など人や環境に優しい技術など時計の内側を支える土台があり、そうした技術でいいものを作ろうという信念があります。そこに外側の美しさも兼ね備えることで、長く使っていただけるものを。その思いから、新しい時計にはアートピースのようなものを作りたいと考えました。
宮川: アドバイスを仰いだのが、日本でエシカルを普及させている第一人者のファッションジャーナリストの生駒芳子さんでした。私たちの思いを伝えたら、即座に「藤本壮介さん!」と推薦してくださって。建築は、地球環境のことを考えているという点でエシカルに関しては非常に進んでいるジャンルで、さらにその中でも藤本さんは、自然との共有を大事にされていて新しい概念を生み出せる人だ、と。
吉田: 藤本さんがこれまで手掛けた作品を拝見したら、新しい概念で建築に取り組まれているのはもちろん、デザイン的にもハッとするような美しいものがたくさんあって。どんなものを一緒に作れるのかしらという、期待感でいっぱいでしたね。
藤本: 光栄です。生駒さんから最初にお話をいただいたとき、時計のデザインは初めてだけれど、やってみたいと思いました。時計はとても本質的なもので、ある意味すでに完成されている。だからこそチャレンジのしがいがあるんじゃないか、と。僕に何ができるんだろうと思いつつも、不安というよりは、ワクワクする気持ちの方が強かったですね。
ーー「相思相愛」のスタートだったんですね(笑)
藤本: ありがたかったです。だって、建築家ってめんどくさそうなイメージがあるでしょ?(笑)。なのに、あえて建築家の僕に声をかけてくださったのは、プロダクトデザインやファッションという枠に収まらない、もっと広い視点でモノ作りをしたいのかな? そんなふうに理解していました。
吉田: 「時間」と「光」というデザインコンセプトは、とても新鮮でした。これまで、ターゲットを分析したり、機能的な側面で見せたり、あるいはファッションアイテムとして流行を取り入れたりはしてきましたが、「時間」や「光」に向き合ってデザインしたことはほとんどなかったのです。藤本さんが提案してくださったアイデアや切り口は、時計だけを作ってきたら出てこない発想なのだと思います。
宮川: 実は当初、社内では「コラボするならアーティストがいいんじゃないか」という意見もありました。でも、建築家はそこに住む人の要望を様々な条件のバランスをとりながら形にしていく仕事。きっとアーティストよりも、結果としていいものが作れるはず。その期待感も藤本さんにお願いした大きな理由でした。
ハードルを超えた先にある、私にも世界にも、そして未来にもいいこと
ーー苦労したこと、大変だったことは?
藤本: 最初のハードルは、「文字板のガラスの表面がうっすらと曇っている」という僕からの提案が、シチズンの皆さんからすると「?」だったみたいで。シチズンは正確に時間を刻む時計を作っているけれど、一方で、時間ってもう少しゆらゆらして感じたりするものでもある。この両極端な時間を融合できないかと考えました。光が揺らいで障子に影が差し、その瞬間に時間が見えるような時計のあり方もあるのではないかーー。それは、ストーリーとしてはおもしろいんだけど、シチズンの皆さんからすれば「はっきりと見えない」ということに対する葛藤や戦いがあったんじゃないかな、と。
吉田: 確かに社内的には物議もかもしましたが(笑)、コンセプトへの理解は十分に得られていたと思います。ただ大変だったのは、ガラスの表面を曇らすことが技術的に非常に難しかったことです。実は一度、藤本さんに「できないかもしれない」とお伝えし、文字板を違う表現にする提案をこちらからしたことがありました。
藤本: 僕がブチ切れたんでしたっけ?(笑)
宮川: 「そういうことではありません。表層的な操作ではないのです」と、とっても優しく、でもはっきりと(笑)。
藤本: きっと僕に伝えてくれている以上に大変なんだろうなと感じてはいました。とはいえ、そこで何かをギュッと押してみて、少しでもいいからいつもとは違うチャレンジをする。それが、時計の専門家ではない僕がいる意味なんじゃないかって。建築家は、理想と現実の間を埋めながら双方を高めていく仕事でもある。そういう意味では、建築家の僕でよかったような気がします。
ーー実際に出来上がった時計を見て、何を感じましたか?
吉田: 時間的にギリギリではありましたが、結果として考えていた以上のすばらしい時計が生まれたと手応えを感じています。デザインに関しても、ガラスとムーブメントを格納するケースの境目や、バンドとケースがつながるところなど、藤本さんは「境界の連続性」にとてもこだわられていて、そのこだわりにはなるほどと感心することばかり。本当に勉強になりました。
藤本: ガラスのぷっくりとしたふくらみと半透明感によって、光がまるで生き物のようにたゆたっている。そして、見る角度によって表情が変わり、ふっと文字板が見えなくなったり、かと思えば見えたり……。いやあ、すごいものができたなって。何より美しい。毎晩うっとりと眺めています(笑)。
ーー最後に。皆さんの「私によくて、世界にいい」をお聞かせください。
吉田: 時計は、卒業や就職など、人生の転機にもらったり贈ったりするもの。そういう幸せな瞬間、場面に少しでも関われることが、この仕事をしていて幸せだと感じています。私がデザインした時計が、世界のどこかで誰かのお気に入りの1本になれば本当にうれしい。これからも丁寧な仕事を積み重ねていきたいですね。
宮川: 目に見えない時間を目に見える形にする、つまり、思い出を形にするのが時計なのかなと思っていて。皆さんの思い出の形に貢献できたら、それはきっと、世界にもいいのかなと思っています。
藤本: 今僕らがやっていることって、今の時代に役立つものを作るだけでなく、究極的には未来に対して何かを残していく作業だと思っています。未来の人たちにとって「当たり前」のものは、今の時代の僕たちがとてつもなく頑張らないと生まれない。未来を良くするためには、ギリギリの想像力を使い切るぐらいで取り組まないと価値のあるものは残せない。そういう感覚を常に持っています。そしてそれは、未来のためであるのと同時に、僕自身にとっての楽しみでもある。新しい概念やモノを作り出す喜びを感じながら、それが未来の人たち、未来の社会にとって価値があるものになってくれるといいな、という思いで、これからもモノづくりに臨んでいきたいですね。
インタビュー会場:藤本壮介建築設計事務所【特別協力】
藤本壮介さんがデザインアドバイザーを担当した「CITIZEN L Ambiluna」のご紹介
ーーBackstage from “ethica”ーー
「これまでにないエシカルな時計を作りたい」。シチズンの女性チームの熱い思いは、建築家の藤本さんの心を動かし、ともに大きな決断と小さな挑戦を重ね、「CITIZEN L Ambiluna」として実を結んだ。当時を振り返るみなさんの和やかな雰囲気に、お互いへの敬意と信頼、そして、チームワークの賜物だったことが伝わってきました。
そして、藤本さんが掲げたコンセプトの一つである「光」を絶妙に表現したのが、西陣織のテキスタイル。京都の西陣織の老舗「細尾」の仕事によるもので、「CITIZEN L Ambiluna」のバンド、バングル、クラッチバッグに使われています。その歴史ある繊細な職人技、素材の魅力は、ナショナルジオグラフィックチャンネルでも放映されました。
記者:中津海 麻子
慶応義塾大学法学部政治学科卒。朝日新聞契約ライター、編集プロダクションなどを経てフリーランスに。人物インタビュー、食、ワイン、日本酒、本、音楽、アンチエイジングなどの取材記事を、新聞、雑誌、ウェブマガジンに寄稿。主な媒体は、朝日新聞、朝日新聞デジタル&w、週刊朝日、AERAムック、ワイン王国、JALカード会員誌AGORA、「ethica(エシカ)~私によくて、世界にイイ。~ 」など。大のワンコ好き。