6月20日、京都の世界遺産・醍醐寺の境内で、黄色いユニフォームを着た人々が、竹箒や雑巾を手に、境内の清掃を行う姿がありました。参拝客は、ユニフォームの背中の「Ikea」の文字を見て不思議に思ったかもしれません。スウェーデン発祥ブランドであるイケアが、なぜこのような昔ながらの方法でお寺の清掃を? この日、イケア・ジャパンの従業員に向けて、サステナビリティに対する意識を育むために実施された新たな試み「醍醐寺1日修行体験」を取材しました。
6月の環境月間、イケア・ジャパンが相談した研修先は世界遺産・醍醐寺
世界最大規模のホームファニッシングカンパニーであるイケアでは、環境と社会のサステナビリティについて、明確な達成目標を掲げ、様々な取り組みを行っています。例えば、LED照明の積極的な導入、製品に使用する原料の生産を環境に配慮したものとし、フェアトレードを推奨するなど、人や環境、地球資源にもっと配慮した世界を実現するために多岐にわたります。
6月の環境月間にちなみ、イケア・ジャパンでは、京都にある世界遺産・醍醐寺にて、清掃活動とサステナビリティに関する意見交換会を行いました。イケアは従業員教育への投資を重視しており、全従業員が持続可能性に関するトレーニングを受け、イケアの原材料の調達方法から、店舗におけるリサイクル方法まで、さまざまなテーマについて学んでいます。今回の企画はその一環として実施が決定。醍醐寺での実施は、今春醍醐寺内にオープンしたカフェ「cafe sous le cerisier(カフェ・スゥ・ル・スリジエ)」の店内の家具を同社がコーディネートしたことがきっかけでした。
「実修実証」の研修に全国から有志が集まる
醍醐寺を開いた聖宝理源大師は「実修実証」を唱えましたが、これは修行によって得たものを、世の中に行動として戻していく、という姿勢です。
僧侶にとって、寺内でのあらゆる行為は、その一つ一つが修行。受動的な研修ではなく、実際に参加者自ら体を動かし、そこで得たものをどのように日々の仕事や生活に還元していくかを各自が考えるプログラムに、イケア・ジャパンの担当者も強く共感し、実施の運びとなりました。
参加者の募集期間はたった2週間であったにもかかわらず、「醍醐寺1日修行体験」には全国のイケアの店舗から25名の参加者が集まりました。当然、業務に支障が出ないよう、従業員同士で勤務シフトを調整し、店舗によっては抽選も行われたようです。ふだん店頭でお客様と接しているスタッフから、経理や人事といった事務職まで、店舗や職種を超えて、さまざまなイケア従業員が醍醐寺に集まりました。
千年の歴史というサステナビリティ
世界遺産・醍醐寺には1000年以上の歴史があり、京都府下最古の木造建築物である五重塔をはじめとして7万点を超える寺宝が国宝・重文に指定されています。これほどの歴史と文化財とを守り続けてきた寺院からは、きっと多くのサステナビリティの精神を学ぶことができるでしょう。
当日朝10時、イケアの従業員たちが醍醐寺の三宝院の前に集まり、修行はスタートしました。まずは参加者一同、弥勒堂での勤行(仏前での読経)に参加。続いて二班に分かれて、僧侶のご案内のもと境内を巡り、建物や寺宝の由来を学びました。醍醐寺の名前の由来、醍醐天皇の庇護による寺院の発展、豊臣政権下での再興・・・・・・。庭園に配置された石のひとつにひとつにまで意味があり、当時の人々の想いが汲み取られました。何百年も前につくられたものを、そこに込められた想いとともに語り継ぎ、大切に扱い、次の時代に遺していく。国宝・重文のオンパレードにやや圧倒されながらも、寺院内で脈々と受け継がれる先代の人々への深い敬意を感じ取りました。
カメラを手放し、自らの目で発見したリサイクル
今回、「醍醐寺1日修行体験」の参加者は、修行中の撮影行為を禁止されていました。そのぶん誰もが、ここで見聞きしたことをしっかり自分の記憶に焼き付けようと、僧侶の解説に耳を傾けながら、各所を真剣に見学していました。
こうして境内を巡っている中で、印象深いエピソードがありました。とある部屋で、一人の参加者が、部屋の隅のほころんだ古い壁に文字が書かれているのを見つけました。ご案内くださっていた僧侶に尋ねると、何らかの文書であった紙を再利用したものであるとの答えがありました。紙が貴重品であった時代、人々は紙の両面を使い、さらに最後には襖などの建具の一部に再利用していました。徹底した日本古来のリサイクルに、一同は感動。醍醐寺では、春日局の紙背文書(のちに紙の裏の面を別の文書に使用されたもの)なども伝わっているそうです。当時のリサイクル品も現代では貴重な歴史資料です。
命をいただくということの重みをかみしめる
境内の拝観が終わり、昼食の時間になりました。自分たちで配膳し、箱膳の上でお料理をいただきます。全国から集まってきた参加者はほとんどが初対面。質素ながらも美味しい食事に緊張も解けて、部屋のあちこちで談話が始まったところで、僧侶の一人が私語厳禁と注意をします。
食事もまた、寺院内に於いては大切な「食事(じきじ)」と呼ばれる修行の一つ。命をいただくという行為に向き合い、ひと口ごとの味を噛みしめていれば、他愛ないおしゃべりなどは始まらないはず。その言葉に、一同はっとし、その後しばし静かな時間を共有しました
現代の日本では、比較的手軽に、いつでもどこでも好きなものを食べられます。しかし実際には、その食材が料理となって私たちのところに届くまでには、多くの人々の手を経て、長い時間がかかっています。また私たちが好きな物を欲しいままに求めてきた結果、乱獲・乱伐によってほんの数十年で地球上の様々な地域の生態系が破壊され、労働者の間に不平等な格差が生まれてしまっているのも事実です。日々の糧に感謝し、贅沢や選り好みへの反省を促す寺院の「食事」は、僧侶のご指摘の通り、目の前の食物に集中し、私たちが物を食べ生きていく上で、地球や環境とのサステナブルな関係をどう維持していくべきかを考える大切な時間でした。
日々当たり前のように口にしている「いただきます」「ごちそうさま」の本来の意味をとらえ直す有意義なひとときを終え、いよいよ午後からは、世界遺産・醍醐寺境内の清掃活動に入ります。(後編に続く)
記者:松崎 未來
東京藝術大学美術学部芸術学科卒。同大学で学芸員資格を取得。アダチ伝統木版技術保存財団で学芸員を経験。2011年より書評紙『図書新聞』月刊誌『美術手帖』(美術出版社)などのライティングを担当。2017月3月にethicaのライター公募に応募し、書類選考・面接を経て本採用となり、同年4月よりethica編集部のライターとして活動を開始。関心分野は、近世以降の日本美術と出版・印刷文化。
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
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