明治時代の小説家・ジャーナリストの国木田独歩の玄孫であり、現在、モデルとして活躍中の国木田彩良さん。このたび谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を原案とする短編映画『IN-EI RAISAN(陰翳礼讃)』(高木マレイ監督)の茶人役で、女優に初挑戦しました。10月5日の映画公開を控え、2018年6月に建仁寺塔頭 両足院にて行われた映画発表会の際の「ethica」独占インタビューをお届けします。
自分の居場所を探していた、パリの20年
大谷: ウェブマガジンの「ethica」と申します。今回のインタビューでは、前半で国木田さんの生い立ちについて、後半で映画「INEI-RAISAN」についてうかがっていければと思っています。本日はよろしくお願いいたします。
国木田: はい、よろしくお願いします。
大谷: 国木田さんは、お母様が日本人で、お父様がイタリア人。お生まれはロンドンで、育ちはパリ、とうかがっています。非常にインターナショナルなご家庭に生まれたんですね。現在は日本にお住まいですが、ロンドンとパリは、それぞれどのくらいいらっしゃったんですか?
国木田: 幼い頃にロンドンからパリに移ったので、イギリスでの記憶はほとんどないんです。パリには20歳まで住んでいました。
大谷: そうなんですね。どんな女の子だったんですか?
国木田: 小さいときは、日本人のハーフであることについて、複雑な思いを抱いていました。「自分の居場所はどこなのだろう」「自分は何者なんだろう」と。周りのみんなと外見も違うし、育ち方も違いました。「なぜ私のお母さんは、こんな風なしゃべり方をして、周りに気を遣っているんだろう」って、不思議に思うことが多かったです。
大谷: パリだと、アジア人は少ないでしょうね。
国木田: そうですね、パリは比較的コスモポリタンではあるんですが。日本人の血を引いていることを恥ずかしいと思うこともありました。
でも、母に言われたんです。「大人になったら、それがどんなに周囲が羨むことかわかるから」って。いま日本で生活するようになって3年目ですが、母が言っていた自分の幸運を、だんだん実感できるようになってきました。
守るべきものを持っている日本人の強さ
大谷: いつ頃から、日本で暮らしたいと思うようになったんですか?
国木田: 学校を卒業して、はじめ3ヶ月のビザで日本に来たんです。でも、そのときに「自分の居場所に戻って来た」ように感じました。「自分は日本に住まなければならない」って思ったんです。
大谷: ここが「自分の居場所」と感じられたのは、どういうところだったんでしょう?
国木田: 違和感がなかったんです。日本人の考え方が、私の中では自然に受け容れられたというか。
大谷: なるほど。じゃあ、すぐに新しい環境に馴染めたんでしょうか?
国木田: 徐々に、ですね。食べ物なども少しずつ。そうして、パリで20年間、母に対して抱いていた疑問の多くは、東京に来た半年で解消しました。私も日本に来たすぐの頃は、日本語がうまく話せませんでしたから、母のように「空気を読む」ように努めていましたし(笑)。
大谷: 「空気を読む」なんていうのは、日本ならではの感覚ですよね。
国木田: 最初のうちは、日本の保守的なところ、つまり「コンサバ」を格好悪いと思っていました。日本の「コンサバ」って不思議な言葉ですよね。私は保守的であることを、あまり良いことだと思っていませんでした。世の中が変わっても自分が変わらないというのは、危険なことだと思っていたんです。
大谷: 確かに日本の「コンサバ」は、ちょっと変わっているかもしれませんね。
国木田: でも深く見ていくと、そうではないことに気付いたんです。日本の「コンサバ」は、守るべき自分自身、守るべきカルチャーを持っているんだ、と。これは誇るべき、素晴らしいことです。
「外」からの視点を持つという幸運
大谷: 僕は仕事柄、国際的に活躍する方々と話す機会も多いですが、海外での経験が豊富な方ほど、日本人としてのアイデンティティを意識しているように思います。日本に生まれ育つと、なかなか日本を客観的に見ることができないからでしょうか。
国木田: ハーフであることは、さらに特異な状況かもしれません。どこに行っても、自分は「部外者」だと感じてしまうんです。でも、ある意味、「外」からの視点を持っているということは、ラッキーと言えるかもしれませんね。
大谷: 逆にいま東京で暮らしていて、フランス、あるいはパリの人々の特性について、気付いた点はありますか?
国木田: パリの人々は、自分の考えや感情を表現するのが上手だと思います。日本人は、自分よりも、先ずみんなのことを考えて頑張るんです。他人に迷惑をかけてはいけない、という気持ちが強くて、個人の感情を抑えこんでしまいます。もちろん、そういう日本人を、私はとても強いと思いますが。
大谷: なるほど、相対的に物事が見えてくるわけですね。
ファッションは女性のコミュニケーション
大谷: 学生時代に、パリではどんなことを勉強されていたんですか?
国木田: 幼い頃からファッションに興味があって、ファッションの勉強をしていました。ファッションは単なる服飾ではなく、女性のコミュニケーションです。長い歴史の中で、社会的地位が確立されていなかった女性たちは、ファッションを通じて自己表現をしてきました。
大谷: 男女で、バリエーションの幅が全然違いますよね。
国木田: 男性は、服装以外で自分を誇示するオプションをたくさん持っていたからだと思います。女性の服装は、個人の主張や意思表示であるとともに、時代によって社会的地位や経済力といった様々な情報を読み取ることができます。
大谷: ここ数年の間でも、日本の女性のファッションはだいぶ変わってきていますね。少し前のファッション誌は「モテ」がキーワードで、男性受けを重視する傾向にあったように思います。最近は、男性の視線を気にしないファッションが増えているような……。
国木田: それは、女性の社会進出が進んでいるということかも知れません。でも私の目から見ると、日本の女性たちは、まだまだ自分に自信を持てていないように見えます。
私は、日本人の女性が、髪をブロンドに染めて、目を大きくして、カラーコンタクトをしているのを見ると傷つきます。なぜ自分を「外国人」のように見せたがるのだろう、と。
けれど、外側は変わっても、中身はやっぱり日本人なんです。これは日本独特のことだと思います。
大谷: 国木田さん、今日はお着物を着ていらっしゃいますが、とてもお似合いですね。
国木田: ありがとうございます。肌の露出を控えて身体のラインを消すことで、外見的な特徴よりも内面的な特徴を重視するのが、日本の着物だと思います。シンプルな衣服で、その人のもつ個性を前面に出す点は、パリの女性のファッションと共通するのかもしれません。
ココ・シャネルの言葉に「下品な服装は服だけが目につき、上品な服装は人物を引き立たせる(Si une femme est mal habillée, on remarque sa robe mais si elle est impeccablement vêtue, c’est elle que l’on remarque.)」というものがあります。
大谷: 名言ですね。
世界に向けて発信する「this is japan.」のリアル
大谷: 国木田さんが、日本でモデルとして大きく注目されたのは、2015 年の元⽇に三越伊勢丹が発信した「this is japan.」という企業メッセージのメインビジュアルでしたね。先ほど、日本人のアイデンティティについてお話しましたが、このときの起用を、どのように受け取られましたか?
国木田: なぜ、「this is japan.」のイメージに、私のようなハーフのモデルを起用するのかと思われた方もいたかも知れないですね。でも、もしあの広告が、和装に黒髪の、純和風の女性のビジュアルだったら、今のjapanの実態からは乖離してしまったように私は思います。どの分野においても、100%日本というものはなかなかありません。現実の日本は、「外」に向かって開かれていて、色々な要素が混在しています。
三越伊勢丹の「this is japan.」のメッセージは、”もっと世界に開かれた日本”を発信するというものだったと思います。
大谷: 確かに歴史の長いタームで見れば、僕たちが「日本らしい」伝統や文化だと考えているものの中にも、海外からの影響が認められますね。
国木田: ただ、単に世界に開いているというだけでなく、日本人が日本人らしい魂を保っていること、日本人らしくファッションを着こなせて–個性的に着こなせて–たとえ新しい着こなしをしていても、その中に日本人らしさを保っているということも表していたと思います。これは他のどの国でも見られない日本の特性だと私は思います。
大谷: そうですね。海外の文化や技術をそっくりそのまま輸入するのではなく、良いところを上手く取り入れながら、日本独自のものとして昇華してきたのが、日本文化の強みですね。
国木田: 世界に対して開かれているということは、海外の良さを取り入れるだけでなく、同時に日本の良さを海外にアピールする機会でもあると思います。
大谷: 国木田さんという存在自体が、現代におけるしなやかな「日本らしさ」を見事に体現していて、強いメッセージ性を備えたビジュアルとなっていましたね。世界に向けた日本の発信という今のお話も踏まえて、インタビュー後半では、10月5日公開の主演映画『IN-EI RAISAN』についてお話をうかがえればと思います。
国木田彩良(くにきださいら)
1993年ロンドン生まれ、パリ育ち。日本人の母とイタリア人の父を持ち、明治時代の小説家・国木田独歩の玄孫にあたる。「VOGUE JAPAN」「ELLE JAPON」「L’OFFICIEL Japan」「婦人画報」「25ans」はじめ多数のファッションマガジンや「三越伊勢丹」「UNIQLO」の広告など幅広く活躍中。
聞き手:ethica編集長 大谷賢太郎
あらゆる業種の大手企業に対するマーケティングやデジタルの相談業務を数多く経験後、2012年12月に『一見さんお断り』をモットーとする、クリエイティブ・エージェンシー「株式会社トランスメディア」を創業。2013年9月に投資育成事業として、webマガジン「ethica(エシカ)」をグランドオープン。2017年1月に業務拡大に伴いデジタル・エージェンシー「株式会社トランスメディア・デジタル」を創業。2018年6月に3社目となる「株式会社トランスメディア・クリエイターズ」を創業し、小粒でもぴりりと辛い(体は小さくとも才能や力量が優れていて、侮れないことのたとえ)『山椒』を企業コンセプトに作家エージェント業を始動、ショートフィルム映画『IN-EI RAISAN(陰影礼讃)』を製作プロデュース。2023年までに、5つの強みを持った会社運営と、その5人の社長をハンズオンする事を目標に日々奮闘中。
記者:ethica編集デスク 松崎未來
東京藝術大学美術学部芸術学科卒。同大学で学芸員資格を取得。アダチ伝統木版技術保存財団で学芸員を経験。2011年より書評紙『図書新聞』月刊誌『美術手帖』(美術出版社)などのライティングを担当。2017月3月にethicaのライター公募に応募し、書類選考・面接を経て本採用となり、同年4月よりethica編集部のライターとして活動を開始。関心分野は、近世以降の日本美術と出版・印刷文化。
ーーBackstage from “ethica”ーー
「ethica」でもご紹介した国木田さんの初主演映画『IN-
5〜7日の日中の前売りチケットはPeatixで販売中。(当日券もあります。)
https://peatix.com/event/
なお、トランスメディア方式の同作、
映画『IN-EI RAISAN』 上映情報
下記のイベントにて上映が予定されています。
① 〜STORYGENIC KYOTO〜 『IN-EI RAISAN(陰翳礼讃)』
会期:2018年10月5日(金)〜7日(日)
会場:両足院(建仁寺内)
時間:5日(金) 10:00〜16:00/*17:00〜20:00
6日(土) 10:00〜17:00
7日(日) 10:00〜17:00
入場料:1,500円(展覧会鑑賞料含む)
※上記 *印 ニュイ・ブランシュKYOTO開催時間帯は入場無料。
席予約:下記サイトよりお申し込みください。(当日券も若干数のご用意を予定しています。また上記 *印 ニュイ・ブランシュKYOTO開催時間帯は先着順とさせていただきます。)
https://peatix.com/event/438521/view
② 芦屋市谷崎潤一郎記念館開館30年記念イベント 映画『IN-EI RAISAN(陰翳礼讃)』上映会
日時:2018年10月8日(月祝) 13:00〜/15:00〜、14日(日) 13:00〜
会場:芦屋市谷崎潤一郎記念館 講義室
料金:500円
お申込み:0797-23-5852(谷崎潤一郎記念館) ashiya-tanizakikan@rhythm.ocn.ne.jp
詳細は、谷崎潤一郎記念館のホームページをご参照ください。
今後の上映情報は、映画「IN-EI RAISAN」のFacebookページでご案内します。
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp