暖冬との予報も外れ、東京は寒波に見舞われたお正月でしたが、皆様の新年はいかがでしたでしょうか。受験を控えた生徒さんとその親御さん方にとっては、気の抜けない重要なシーズンです。私はというと、大学を卒業したのはもう云年前、受験の記憶もあるかないかではございますが…、とある折に大学生に混じって授業を聴講する機会がありました。
東京都にある五美術大学の一つ、多摩美術大学にて開かれていたのは、視覚障害をもつ児童の美術教育に関する講義です。教員育成課程の一環で、二百人ほどの学生で埋まった広い講堂には、将来美術教員を目指す学生たちの真剣な眼差しが。
とても興味深く拝聴してまいりましたので、ゲスト講師として来校していた山中由美子先生(東京都立八王子盲学校、主幹教諭)のお話をご紹介させてください。
目が見えなくてもわかること、目が見えないから難しいこと
「視覚障害者には、『色』の話はタブーだと思う方もいるでしょうね。視覚障害者は目が見えないから、色を学ぶ必要はないと思いますか」
山中先生が学生たちに向かって優しく尋ねると、講堂の学生たちはわからないながらも、そんなことはないだろうという考えで満場一致の様子。
「視覚障害者ももちろん色の世界で生きています。」と続けて、山中先生。「りんごは赤い、トマトも赤いなどといったことを知っています。たとえば服を買いにいったら、『私は赤が似合うとよく言われるから赤い服がほしい』『青は男の子らしいから、僕は青がいいな』といった風に、目が見えなくても色を意識しています。これは躾ではなく、文化だからです。もちろんりんごは赤いだけではありません。成長するにつれて、実はりんごは赤だけではなく、黄色い部分や、緑っぽい部分もあるのだと教えられます」
先生は、視覚障害者には視覚障害者であるがゆえに、研ぎ澄まされる感性があることと、難しいことがあると言います。
「視覚障害のある人たちは、健常な人たちに比べて、視覚以外の感覚が磨かれています。たとえば音楽の分野で、視覚障害者が優れた業績を残し世界中で活躍しているのは有名ですね。一方、触って確かめることのできない、『高い』『遠い』など、教えなければ育たない感覚があります。手が届かないほどの高さや遠さは、目が見えないと想像することがとても難しい感覚なのです。『階段をたくさん上ってもまだ着かないな』という経験や、空気が薄い、音が遠いなどといった体験を通して、徐々に理解していきます」
健常者の常識が通用しない、視覚障害者の独特な世界!
風のかたち、太陽のイメージ…視覚障害を持つ子どもたちのユニークな想像力は、美術教員にとって感動的発見の連続であることは想像に難くありません。ところが健常者との世界観の違いから、ちょっとした壁と遭遇することもあるのです。
とある授業で、「宝探し」をテーマに課したものの「冒険するってどういうことだろう」と試行錯誤してしまった一例を紹介してくれました。
「普通、上から物が落ちて来た!あぶない!という劇をしたら、みなさん頭を抱えて『ウワー!』と屈んだり、仰け反ったりするでしょう。でも、視覚障害のある子どもたちは、言葉の表現は同じものの、動作はリアクションが少ない。健常者は知らず知らずのうちに漫画や絵本から、オーバーリアクションな動作を学び、影響を受けているんだと気づきました」
視覚障害者にとっては何よりも安全が第一なので、むやみにフラフラしたり、足元が覚束ない場所へ行くことはまず考えられないことなのだそう。宝が見つかるまでの想像の旅が起伏に富んだ冒険になるよう、まずは実際に体を動かして冒険を体験しなければならないことに思い至りました。そこで山中先生たちはわざと障害物を並べて、のぼったりくぐったりすることで生徒に冒険の疑似体験をしてもらい、生徒の想像力の手助けをすることにしたのだそうです。机の上を歩いた時、先生や友達の声が下から聞こえたことで『高さ』を体験し、とても恐がっていた生徒もいるとか。
先生方の教育の工夫を垣間見るエピソードです。
『ぼくたち盲人もロダンをみる権利がある』視覚障害者と美術教育の歩み
そもそも目が見えない子どもたちに美術教育をするということ、昨今では当たり前に聞こえますが、どのように発展してきたのでしょうか?
視覚障害者への美術教育は、音楽教育に比べると研究の歴史が浅く、山中先生が教師となった頃にはまだ盲学校の美術というと、どうやって教えたらいいのだろうと模索している状況だったそうです。この、日本の視覚障害者美術教育の意識向上に大きく貢献したギャラリーがあります。
1984年、生来視覚障害者であった息子の「ぼくたち盲人もロダンを見る権利がある」という言葉に突き動かされ、自身も作家である村山亜土・治江夫妻によって東京都渋谷に設立された、「手で見る美術館」ギャラリーTOMです。視覚障害者が手で触れて鑑賞できる、日本で初めての美術館となったこの小さなギャラリーは、定期的に全国の視覚障害者児童の優れた作品を集って展示し、優秀な作品には「TOM賞」を授与するなど、美術教育を活気づける役割を果たしました。
「TOM賞」が素晴らしいのは、賞が優秀な作品を作った生徒本人だけでなく、生徒を指導した美術教育者を含む、学校という環境にも贈られたという点だと、山中先生は言います。「TOM賞」は美術教育に取り組む指導者全体を応援することで、現場を励まし教育者の意識を向上させた、とても価値のある賞だったそうです。(現在「TOM賞」はその役目を終えたということで、賞自体はなくなっています)
「視覚障害者の児童が持つ、健常者が思いつかないような自由な想像力は本当に素晴らしくて、感動します」と山中先生。「目が見えないことから、隣の人を見て真似をすることもないですね。自分らしい純粋な発想をします。障害児童だけでなくすべての美術教育について言えることですが、いかにその発想の邪魔をせずに、豊かな感受性を伸ばし、表現の手助けをするかというのが、教育者の課題」
山中先生の子どもたちに対する愛情と、子どもたちの生む美術へ対する感動と情熱を伺い知ることのできる大変興味深い講義でした。
『目が見えない人に色の話はタブーか』…正直に白状すれば、筆者には正しい答えがわかりませんでした。普段の生活で、全盲の視覚障害者の方とお話する機会はなかなかありません。特別支援学校では、イベントや交流活動、ボランティアの受け入れを精力的に行っているところが多いと聞きます。漠然と理解しているつもりの認識をリフレッシュさせるために、こういった学びの機会を自ら設けて、学校主催の講演会や研究会等へ出かけていくのもいいものだとつくづく感じた日でした。
ボランティアの登録を行っている特別支援学校もあるようですので、関心のある方はお近くの特別支援学校へ問い合わせてみるのもよいかもしれません。もちろん大学生の方も!
■山中由美子先生略歴■
東京学芸大学卒業後、制作活動時期を経て教職へ
教職歴34年。現在東京都立八王子盲学校 主幹教諭(美術科教師)
■八王子盲学校■
東京都立八王子盲学校は、3歳児から幼稚部・小学部・中学部・高等部・高等部理療科まで、幅広い年齢に対応した教育を行う都立唯一の視覚障害教育の総合校。西八王子駅から点字ブロックを辿っていくと必然的に到着するというこの盲学校では、幼児・児童・生徒の障害に応じて教材を工夫し、また保護者への学びの機会も設けて障害への理解を助け、幼児・児童・生徒と共に保護者の成長も見守るような環境づくりを備えています。近隣の保育園と積極的に交流授業を開催し、将来を担う子どもたちが広い視野をもつようにと願っているそうです。
<取材協力>
多摩美術大学 http://www.tamabi.ac.jp/index_j.htm
東京都立八王子盲学校 http://www.hachioji-sb.metro.tokyo.jp/
ギャラリーTOM http://www.gallerytom.co.jp/
ethica編集部 :ミミ
東京生まれ東京育ちのアラサーです。多摩美術大学卒業後、ディレクター業・イラストレーター業に従事。2016年よりethica編集部に参加。アート、旅、
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
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