「戦士の休息」「セーラー服と機関銃〜Anniversary Version〜」
作品解説(天辰保文 氏)
薬師丸ひろ子の歌手デビューは、1981年。映画『セーラー服と機関銃』で主演し、同名の主題歌を歌ったときだ。映画『野性の証明』での鮮烈な女優デビューから3年が経っていた。もちろん、それまでにも歌手としての彼女を望む声は多く、実際にその舞台も用意され、大人たちの手で進行していたが、彼女は、自らの意志で中止を申し出た。歌手としての現在へと導かれる上では、「映画で出会った監督さんたちと同じように、正面から向きあってものを作っている方々」との出会いに負うところが大きい。大瀧詠一や松本隆、さらには、子供の頃から憧れていた松任谷由実を含め、井上陽水に中島みゆきなどとの出会いを経て、歌は、彼女にとって大切な場所になっていく。
「ユーミンさんをはじめとして、みなさん、子供を産み落とすような思いで歌を作られていて、その大事な子供たちを私に託してくださる。」最近は、有難い気持ちと等しく責任を感じるようになったという。「私が、心のどこかで原曲キーにこだわるというのも、私の声なのか何かを感じて曲を提供してくださる方たちへの、受け取った私なりの責任なのかなと思います。」
そうやって歌に対する彼女の誠意が、音楽界の優れた先達にはもちろんだが、聴き手にも伝わるからだろう。彼女の歌声を待ち続ける人たちは、たとえ彼女が歌から遠い場所にいようと、いつの時代にも絶えることがなかった。そして、彼女もまた、そんな人たちに応えるかのように、ここ数年、歌手としての存在感をみせる機会がふえてきた。
この『Cinema Songs』は、彼女の歌手デビュー35周年を記念して製作されたアルバムだ。国内外を問わずに、また、時代にかかわらず、その映画を印象づけた音楽の数々をとりあげ、歌っている。例えば、『ムーン・リバー』は、映画『ティファニーで朝食を』の中で、オードリー・ヘプバーンの歌で余りにも有名だ。「彼女のイメージがあれほど強い歌を、私の声で歌い直す必要があるのか」と、迷いもあったが、「ひょっとしてそれを知らない方たちにも、こういう歌があったのか、こういう歌なのかと、聴いてもらえれば」と、この映画音楽を代表する歌に挑戦した。
しかも、その『ムーン・リバー』を含めて、『ベンのテーマ』や『追憶』などでは、日本語の歌詞で歌ったり、映画の中ではインストゥルメンタル・ナンバーが使われていたものも、歌詞がついて歌として生まれ変わったものもある。「昔のイメージにとらわれたりしないで、いま、2016年の『ムーン・リバー』や『追憶』を少し意識していただいて」というように、アレンジにも吉俣良に創意工夫を託した。
「洋画、邦画、素晴らしい作品は沢山ありますけど、日本語がきこえてくるというのはホッとするんじゃないかということもあったし、サントラでも歌詞がついてない物もあったので、それを歌うことでまた一つ違う世界観ができるかなと思いました。」
だからと言って、奇をてらったり、これみよがしに現代に寄り添わせようとしているわけではない。むしろ、過去とか未来とか、そういう時代をさえ取っ払ったところで、歌が、いまという時代に美しく、時には優しく、時には切なく、そして力強く響く。それが、なんと新鮮で心地のいいことだろうか、と思う。
それぞれの歌と、もっと突き詰めて言えば、その歌がそもそも秘めた精神とも向き合い、朴訥という言葉を持ち出したくなるほど、歌に対しての、ここでの彼女の誠意を思うと、ひょっとするとこれは、女優としての彼女の、映画への感謝と責任のようなものではないかと思えたりもする。それにしても、だ。この透き通った歌声の何処に、これほどの力があるのだろうかとも思いながら、薬師丸ひろ子という歌手の、人間としての体幹の強さみたいなものをつくづく感じないではいられない。
最後になったが、彼女は、このアルバムへの思いをこんな素敵な言葉で表した。それをご紹介しておこう。「このアルバムは、自分なりの映画への愛というか、ラヴ・レターのようなものかもしれないと思ったりしています。」と。
『ムーン・リバー』
1961年の映画『ティファニーで朝食を』の主題歌で、オードリー・ヘプバーンが窓辺に腰かけてギターを弾きながら歌うシーンが有名だ。アカデミー歌曲賞、グラミーの最優秀レコード、最優秀楽曲賞等を受賞した。「ヘプバーンが歌う姿がとても美しくて、タイトルもきれいだし、映画の代表曲として挑戦してみたいと思いました。」
『Smoke Gets In Your Eyes』
邦題『煙が目にしみる』で有名なスタンダード・ナンバーで、1933年、ミュージカル『ロバータ』のために書かれた。1959年1月、プラターズが全米1位に輝かせているが、1989年、スティーヴン・スピルバーグの監督映画『オールウェイズ』でのJ.D.サウザーの歌も印象深い。「少し大人なニュアンスが気に入っています。」
『Mr.Sandman』
「何故この曲を選んでしまったのだろうと思うほど(笑)難しくて、でも、楽しかったです」というこの曲は、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で使われた。主人公が1955年にタイムトラベルした際に流れるのは、当時ヒットしていたフォー・エイセスの「ミスター・サンドマン」だが、一般的に有名なのは、女性4人組のザ・コーデッツのほうだ。
『ベンのテーマ』
1972年、映画『ベン』の主題歌として、マイケル・ジャクソンが歌って全米1位になった。「子供の頃から好きだった。小学生が、友だち同士で映画なんてまだ行っちゃいけなかったんですけど、それを破って友だちと一緒に行った初めての映画でした。」
『Tea For Two』
1925年、ミュージカル、『ノー・ノー・ナネット』の中で使われたのが最初だが、1950年、ドリス・デイの映画『二人でお茶を』の主題歌として広く知られることに。「20才の頃、邦画洋画問わず沢山の映画を観たんですね、どんなものでも吸収したい時期だったんですが、そういう時期に出会った映画の一本で、ドリス・デイという女優さんも好きで、選びました。」
『Cavatina』
もともとは、クラシック・ギター奏者、ジョン・ウィリアムズの名演で知られる。1978年、ロバート・デニーロ主演の映画で、ベトナム戦争を題材にした『ディア・ハンター』のテーマ曲に使われて、世界的に知られるようになった。その後、英国の歌手クレオ・レーンが歌詞をつけ、『ヒー・ウォズ・ビューティフル』の名でも親しまれた。「高倉健さんが、この映画が大好きで、その思いをよく話してくださったんです。それで、この曲を好きになって。高倉さんに届いたらいいなあ、と。」
『トゥモロー』
「子供ばかりではなく、大人も含めて、みんなの応援メッセージになる歌だなと、以前から感じていました。それで、大人が歌ったらどうなるのかなと思ってとりあげました」。1977年の初演以来評判のミュージカル『アニー』、その映画化は幾度かあり、近年では、クワベンジャネ・ウォレスを中心に、ジェイミー・フォックスやキャメロン・ディアスが脇を固めた映画が記憶に新しい。その主題歌で、どんなに辛くとも諦めないで、明日を信じていく健気さを、片桐和子の和訳で歌っている。
『追憶』
1973年、バーブラ・ストライサンド、ロバート・レッドフォードの共演で公開された映画『追憶』の主題歌。バーブラが歌い、翌74年2月、全米ビルボードのチャートで1位を記録、アカデミー主題歌賞に輝いた。日本語詞は、以前薬師丸も歌詞を提供してもらった岩谷時子、大人の落ち着いた歌声が胸にしみる。
『コール』
1993年、薬師丸ひろ子主演の映画『ナースコール』の主題歌で、作詞:須藤晃、作曲:玉置浩二、歌も玉置が担当した。「災害や病気、いろんな方がいろんな環境や状況にいる中で、このメッセージを自分の声で届けたいと思って」と選んだが、「歌ってみると想像以上に難関」だったらしい。それでも、<心のどこかで、この言葉を届ける為に何かに歌わせてもらった>と、そんな気がしています。」
『愛のバラード』
1976年、映画『犬神家の一族』のテーマ曲として、大野雄二が作曲した。サントラでは歌詞がないが、山口洋子の詞がついたものをここでは歌っている。「サントラだと、映画のイメージもあって、ちょっとミステリアスで怖い感じになるんですが、悲しみも美しい戦慄に乗せた、美しい歌にしたいと、アレンジの吉俣良さんにお願いしました。」
『戦士の休息』
1978年、『野性の証明』の主題歌で、町田義人が歌った。高倉健を相手に、堂々たる演技で話題になった彼女の女優デビュー作だ。「まさか、こういう形で歌うことになるとは、思ってもいませんでした。日本映画の中でも、主題歌が大きな役割を果たす、そういう映画の先駆的な役割を果たした歌ではないかと思います。」
『セーラー服と機関銃』
1981年、薬師丸ひろ子主演の映画『セーラー服と機関銃』で、主題歌も彼女が歌い、人気を決定づけた。いままでも何度か歌い直しているが、「この歌は、大人になったらなったでこういう歌だったのかと新しい発見があり、同じ歌なのに新しい歌に取り組むようなところがある。それに、もう、この歌は、聴いてくださる人たちのものになっているような気がします。」