豊臣秀吉の「醍醐の花見」でも有名な京都の醍醐寺。その境内にあるカフェ「cafe sous le cerisier(カフェ・スゥ・ル・スリジエ)※ 桜の木の下での意。」の店内は、スウェーデン発祥のホームファニシングカンパニー・イケアの環境に配慮した家具類でコーディネートされています。このカフェで、6月20日、醍醐寺の僧侶とイケア・ジャパンの有志による「サステナビリティ」に関する意見交換会が行われました。醍醐寺の仲田順英執行、イケア・ジャパンのサステナビリティマネジャーであるマティ絵莉さんお二人のお話を中心に、この意見交換会の模様をご紹介します。
寺院での「修行」ののちに行われた意見交換会
この日、京都の醍醐寺には、全国のイケアの店舗から従業員が集い「1日修行体験」と題したワークショップが開催されました。(詳しくはこちらの記事をご覧ください。)イケア・ジャパンの参加者たちは、醍醐寺境内を清掃する「修行」を行ったのち、「cafe sous le cerisier」にて、僧侶たちとサステナビリティに関する意見交換を行いました。サステナビリティはイケアの企業活動の重要なコンセプトです。
1000年以上の歴史をもつ世界遺産と、世界最大のホームファニッシングカンパニー。意外な組み合わせのようですが、この日の意見交換会では、サステナビリティをめぐる両者の姿勢や価値観に、多くの共通項や親和性を見出すことができました。
「1日修行体験」と題したワークショップの後、今回の意見交換会は行われました。修行体験では、清掃という身近な行為を通じて醍醐寺の歴史に触れ、僧侶たちと言葉を交わし、参加者は今後の仕事や生活に還元できる、たくさんの有意義な発見をしたようです。
醍醐寺の千年の歴史に学ぶ
意見交換会は、仲田執行のお話から始まりました。
仲田執行:皆さん、今日はお疲れ様でした。今日皆さんにしていただいたことを、1000年前の人々も同じように行なっていました。時間を超えて、同じことを感じとることができる、これもひとつのサステナビリティなのではないかと思います。
醍醐寺は874年にできたお寺です。その歴史の中で、たくさんの人がお寺に関わりを持ってきました。京都府では最古の木造建造物である五重塔をはじめ、醍醐寺では7万点以上の国宝・重要文化財を所蔵しています。
醍醐寺では20年以上前から、これらの文化財のデジタルデータベース化を進めて来ましたが、DATテープやフロッピーディスクといった当初の記録メディアは、今や世の中から姿を消しつつあります。現在主流であるメディアも、10年後、20年後に私たちが使用しているかどうかは、わかりません。
でも、紙と墨で書かれたものは残ります。醍醐寺には、何百年も前の人々が記録したものが現在まで残っていて、それを私たちは活用することができます。
伝える心の大切さ
仲田執行:これは、私たちがそのひとつひとつを大切にするからです。「大切にする心」があるからです。私たちがこれらの文化財を継承していく上で大切にしているのは、この「心」の部分です。もちろん文化財・国宝そのもの自体も大切ですが、それらは今日皆さんがしたように、掃除をし、手入れをしていかねば、後世には伝わりません。
文化財に触れ、その価値を肌で感じていただいて「これはすばらしいな」と皆さんが思う心、その心を伝承していくことが、実は一番大切なんです。それが守られてきたからこそ、醍醐寺にはこれだけの文化財が残っているのではないでしょうか。
日本文化にもともと根付いているサステナビリティ
ゆったりとした語調で、仲田執行はお寺としてのサステナビリティの考え方について話を続けます。
仲田執行:サステナビリティという言葉は横文字ですが、この感覚は日本の文化の中に、もともと根付いていたものです。ものをくり返し使ったり、ものを分け合ったり。譲り合いの心を日本人は持っています。
見返りを求めず、感謝の気持ちで分け与える。自分が受けた徳をいろんなものに巡らせていく。いつか巡り巡って、それが自分にも返ってくる。仏教では回向(えこう)と呼んでいますが、これが実はお寺のサステナビリティの考え方だと思っています。自分の行為は必ずいつか自分に返って来ます。なぜならそれは心に返ってくるからです。
醍醐寺とイケアの共通項
仲田執行の話を受け、マティさんは日本とスウェーデンのサステナビリティに対する意識の類似を挙げました。
マティさん:本日は貴重な体験をさせていただき、本当にありがとうございます。久々の雑巾掛けで腰がちょっと痛くなりましたが(笑)、心もまたきれいになった気がいたします。日本の文化にサステナビリティが根付いているというお話は、スウェーデンの文化、イケアの価値観にも共通するところではないかと思いました。
イケアは、1943年にスウェーデンで生まれました。創業者の住んでいた地域は、厳しい気候・環境で作物も育ちにくく、人々は貧しく常に協同して生活していたと言います。彼は「資源の無駄遣いは人類の最大の病である」と語っています。ものを大切に長く扱う、限られたものからより多くのものを生み出す、というイケアの考え方は、彼の生い立ち、スウェーデンの文化に拠るところが大きいかと思います。
イケア・ジャパンでは今年1月に入り、不要になったイケアの家具類の買取のサービスを始めました。状態の良い商品をお客様から下取りし、アウトレット商品として販売しています。世界中のイケアで、買取を行っている国はまだ数カ国ですが、日本では大変好評で全店舗で実施しています。日本のお客様にとって、家具類のリユースはニーズがあるということです。 やはり日本人には、ものを大切に長く使う習慣があるのではないでしょうか。
世界規模の大企業としての責任
マティさん:イケアは「より快適な毎日をより多くの方々に」というビジョンを掲げています。これを実現するために、私たちは暮らしの環境を整え、人を大切にしていく取り組みを行っています。環境や社会にネガティブな要素を減らすだけでなく、地球や人にポジティブな影響を与えたい、私たちはそう考えています。
イケアでは28カ国、340以上の店舗を展開し、大量の家具を製造・販売しています。当然、大量の原材料とエネルギーを使用しており、多勢の従業員を抱えています。これに対する企業としての責任を考えていかなければなりません。CSR活動というよりも、サステナビリティをビジネスの根幹に置くマインドセットチェンジの必要性を強く感じています。
いろんな命の中で生きる
すでに文化の中にサステナビリティへの意識が根付いているにもかかわらず、私たちはついそれを忘れがちです。意識改革の必要性について、仲田執行はこの日の修行体験の昼食時の例を引き合いに出しました。
仲田執行:お昼間、食事(じきじ)の時に「いただきます」という言葉について話があったと思います。私たちは日々、他の命をいただいて生きているのです。食前に習慣的に「いただきます」という文化が、日本にはあります。いろんな人が、いろんな命をもって、いろんな心を持って生きています。人は一人では生きられません。「他生(多生)の縁」という言葉がありますが、いろんな命の中で生きているということを思うとき、自分の命もまた重く大切になります。
必ず、誰かが誰かに影響を与えているのです。どんな些細なことも、気づくにつけ、気づかぬにつけ。だからこそ、自分自身が今できることに一生懸命になりましょう。これが仏教の基本の教えであり、お寺の考え方です。それは、どこにでも何にでも通じる考え方ではないかと思うのです。
日常の中にエコへの意識を
個々人の日々の心がけが、社会を動かしていくということを、この日の参加者の多くが実感し、口にしていました。日常におけるサステナビリティへの意識の向上について、イケアは企業としてどのような取り組みを行っているのか、マティさんが説明します。
マティさん:エコな商品はおしゃれで高価、日常的には取り入れ難いというイメージがどうしてもあります。イケアはその点を変え、低価格で高品質のエコな商品を提供していきたいと考えています。
現在、イケアには、節水・節電、ゴミの分別や削減といった切り口で、1000個強のサステナブルな商品があります。中でもLED電球については、2015年までに全ての商品をLEDに切り替え、低価格な商品を提供できるようになっています。 商品開発においても、サステナビリティは重要なポイントです。商品化には厳しい審査があり、いかに長持ちし、愛用されるものであるかが重視されます。
限りある資源・エネルギーを大切にする
マティさん:イケアは世界で消費されている商業用木材の1%を使用し、コットンについても世界全体の供給量の1%を商品の製造に使用しています。ですので、環境への負荷や生産者の労働環境に対しても責任があります。
イケアでは、2015年には全てのコットンをサステナブルなコットンに切り替えることに成功し、木材も2020年までに全てをサステナブルな調達先から仕入れられるよう取り組んでいます。現在、達成率は71%ですが、私たちは100%を目指します。また、イケアの店舗では、ソーラーパネルの導入を進めています。
お客様、従業員だけでない、すべての人に向けて
マティさん:イケアでは、従業員に対して、自分らしく個性を生かして仕事ができる環境を整備していけるよう努力していますが、同時にイケア商品の購入者にとどまらず、地域社会へ貢献する活動も展開しています。主なものとして、地域の児童施設への募金活動やお子さん向けのワークショップの開催といったものがあります。
出会い、語り合う場を通じて
醍醐寺とイケアが今回のワークショップを行う発端となったカフェで、醍醐寺の僧侶及び職員とイケアの従業員がサステナビリティに関する意見交換会を行なったことは、非常に象徴的で意義深いことであったと思います。
仲田執行:イケアさんが、このカフェをコーディネートしてくださったとき、ここをサステナビリティを考える場、コミュニケーションの場としてとらえてくださったのは、私としても共感する部分がたくさんありました。
今日の修行体験を通じて生まれたご縁が、いろんな人に広がり伝わっていく。それがもしかしたら、将来の世界を救うことにつながっていくかも知れません。
ひとつひとつの小さな努力の積み重ねの価値、それをお互いが共有できているということが、すばらしいことなのではないかと思います。今日みなさんとお会いできたご縁はもちろん、世の中には様々なご縁があります。お寺は、いつでも誰でもを受け入れる場所です。このカフェもまたそのひとつの拠点として、今後もイケアさんとの良好なパートナーシップを築いていければと思っています。
マティさん:今回のイケア・ジャパンのワークショップに関する情報は、社内SNSで共有し、各国のイケアの社員にも知ってもらいます。今日1日の研修で終わることなく、これからも醍醐寺さんとご一緒に、サステナビリティを考えていく活動を展開していければと思っています。
この日の修行体験と意見交換会は、便利で多忙な日々の中に、私たちがいかに多くの基本的で重要なことを見失っているかということ、そしてそれは一人一人のちょっとした心がけで変えていけるということを、参加者に実感させたことと思います。こうした醍醐寺とイケアの有意義な取り組みが今後も継続され、さらにそれが両者間のみで終わることなく社会に向けて拡がりをもっていくことに、大いに期待したいと思います。
ーーBackstage from “ethica”ーー
最初に取材のお話をうかがったときは、醍醐寺とイケアの「異文化交流」のようなイベントなのかと思っていました。しかし実際には「異文化」どころか両者には多くの共通項があり、4月の寺内のカフェの開業から6月20日の修行体験までに一貫したコンセプトがありました。
日本とスウェーデンは、ともに四季があり、自然に対する価値観も共通する点があるようです。醍醐寺三宝院の緑あふれる庭園を眺めるうち(そこここに樹齢数百年の名木があります!)、サステナビリティをテーマにした修行体験の実施がすんなり腑に落ちたのです。午後の意見交換会では、各テーブルで共感を以てうなずき合う参加者たちの姿が印象的でした。醍醐寺とイケアの一見すると不思議な「ご縁」は、必然のものだったのかもしれません。
記者:松崎 未來
東京藝術大学美術学部芸術学科卒。同大学で学芸員資格を取得。アダチ伝統木版技術保存財団で学芸員を経験。2011年より書評紙『図書新聞』月刊誌『美術手帖』(美術出版社)などのライティングを担当。2017月3月にethicaのライター公募に応募し、書類選考・面接を経て本採用となり、同年4月よりethica編集部のライターとして活動を開始。関心分野は、近世以降の日本美術と出版・印刷文化。