前編に続き、バリスタ世界チャンピオンの井崎英典(いざき・ひでのり)さんに、ethica編集長の大谷がお話をうかがいます。コーヒーに入れる新しい甘味料「ラカント バリスタセレクト」の開発に携わった井崎さん。コーヒー豆の質の向上や提供方法の多様化も手伝って、無糖派層が拡大しつつある昨今、「バリスタが加糖を推奨してるの!?」と思われる方も多いはず。実は「ラカント バリスタセレクト」は「コーヒーに入れる砂糖」の常識を覆す新商品でした。新発想の商品に込めた井崎さんの想いとは? (取材協力:猿田彦珈琲 調布焙煎ホール)
コーヒーを最後まで美味しく飲める甘味料の開発
大谷: 今回、取材させていただくきっかけになったのが、サラヤさんから発売されている「ラカント バリスタセレクト」という甘味料でした。井崎さんが商品開発に携わられたということですが、どういった経緯で、このお仕事をすることになったんでしょうか。
井崎: 親父の店で働いた後、丸山珈琲で働いて、去年(2016年)の11月に独立をしました。独立して今はコンサルタントの仕事をしているんですが、独立後すぐに、サラヤの方からお声がけをいただいて。最初は洗剤をつくる話かと思ったんですけど(笑)、お会いしてお話を聞いたら、ラカントを使用したコーヒーに合う甘味料を作りたい、というお話で。担当の方が、すごく熱い方で、僕の大好きなタイプの方だったんです。それで、サラヤさんのビジョンや新商品の意図などをお話していただいて、やりましょう、ということになりました。
大谷: 先日、たまたま日本料理屋さんで、この「ラカント」を使用されているのを見たんです。徐々に浸透してきていますね。
井崎: いや、まだまだ頑張らないといけないんですけれど、これが今までの甘味料とは違ってカテゴリ分けが難しい商品なので。この商品は「コーヒーを飲みやすくする」プロダクトであって、コーヒーを甘くするものではないんですよ。そもそもアプローチが違うんですよね。
コーヒーって、温かいときは飲みやすいんです。ただ、温度が体温に近づいていくと、質の悪いコーヒーほど欠点が出てきます。このサラヤの「ラカント バリスタセレクト」は、コーヒーの温度が下がってくる後半に必要な甘さを補うものなんです。だから「ラカント バリスタセレクト」を入れても、温かいときはあまり甘いと感じません。「最後まで飲みやすくする」ためのプロダクトなんです。
大谷: なるほど。つまり、ふだんブラックで飲む人でも、そんなに気にならない甘さってことですね。
井崎: そうなんです! これを入れることで、誰でも最後まで飲みやすくなります。いろんな人に楽しんでもらえるプロダクトなんです。
スタイルの押し売りはしない
大谷: コーヒーや喫茶店というと、かつてはオヤジの文化だったように思うのですが……
井崎: そうですね(笑)
大谷: スターバックスやタリーズといったコーヒー店の登場で、女性を中心に若い世代が生活の中にコーヒーを飲む文化を取り入れるようになったような印象があります。「スタバ女子」なんて言葉もありますが。
井崎: そんな言葉があるんですか。最近はカフェの楽しみ方も変わりましたね。コミュニケーションの主流がソーシャルメディアになってきて。
大谷: 僕はちょっとワインと似ているところがあるように思うのですが、最近のコーヒーブームによって、消費者がコーヒー豆の産地や焙煎といった、より深い部分にまで関心を持つようになってきました。井崎さんは、昨今のこうした流れをどう思われますか?
井崎: 素晴らしいと思いますね。僕はコーヒーって究極の嗜好品だと思っています。よく『井崎さん、コーヒーにミルク入れるのって邪道ですよね』みたいなこと言われるんですけれど、僕、全然そんなこと思わないんですよ。好きなように飲めば良いと思っていて。スタイルの押し売りって嫌いなんです。
もちろん、我々は常に最高のものを追求し提供するべきだと思っていますけれど、僕たちの手を離れたら、消費者の方が良いと思う方法で飲めば良いと思ってます。それがこの業界の真のサステナビリティにつながっていくと思うんですね。
大谷: 最高のものを提供するけれど、スタイルの押し付けはしない、と。
井崎: しません! 僕がこうしてコンサルタントの仕事をしながら、コーヒーに入れる甘味料の開発に携わるって、業界的には結構邪道だと思うんです。でも僕はそうは思いません。僕の使命は、たくさんの人にコーヒーを気軽に飲んでもらうこと。コーヒーを飲んで、その人の一日が幸せになるお手伝いをすることが僕の仕事です。
サードウェーブはダイレクトトレードの歴史
大谷: 井崎さんは、現在のサードウェーブの次に来る第四の波、コーヒー業界の未来をどのように予想されますか? これから日本はさらに外国人が増えてくると思います。これからの日本のバリスタに求められることですとか。
井崎: 僕自身は、サードウェーブはもう終わっていると思っています。ちなみに、サードウェーブって、スタイルとして語られることが多いんですけれど、そもそもサードウェーブはスタイルではないんですよ。サードウェーブは、元々はコーヒー豆のダイレクトトレードの歴史なんです。
それまでほとんどのコーヒー店は、商社からコーヒーの生豆を買うしかチャネルがありませんでした。ただ、それだと本当の意味でコーヒーのクオリティを保つことができないんです。セカンドウェーブの時代に、コーヒーのクオリティがガクンと落ちた時期があって、消費者のコーヒー離れが危ぶまれました。そのときに立ち上がったのが、アメリカでは御三家と言われるスタンプタウン、インテリジェンシア、カウンターカルチャー、日本では丸山珈琲や、うちの親父の会社もそうです。コーヒー豆を生産者からダイレクトに買い付けて、本当に良いコーヒーを出そうと取り組んでいったんです。
そういう人たちのダイレクトトレードって本当に大変なんです。一年分の在庫を買わなければならない。ビジネスとしてイカれてるんです。当時は銀行から理解を得るのもすごく大変でした。そんな困難な状況でもコーヒーのクオリティを高めていこうとしてきた人たちの戦いがサードウェーブなんです。ドリップで淹れるとか、ニューバランス履いてるとか、ちょびヒゲみたいなものは、どれもスタイルなんですよね。
大谷: ファッションということですね。
井崎: そうして美味しいコーヒーを届けようとして来た人たちの血と汗の涙の歴史がサードウェーブです。それがいま、これだけ普及している、すごいことだと思います。こうした大きな商業施設で、猿田彦珈琲さんのようなコーヒー店のスペシャルティコーヒーが飲める時代が来るなんて。
大谷: 消費者のコーヒーに対する意識が高まって来ているということでもありますね。コーヒーを提供する側と消費者と、双方が高まっていかないと。
井崎: ええ、消費者の方が優しい理解を示してくださるからこそ、僕たちも生産国まで豆を買い付けに行って、美味しいコーヒーを提供できるわけです。じゃあ、サードウェーブのその先に何があるかというと、僕は結局、付加価値の創造だと思います。
コーヒーってワインと同列で語られることが多いんですけれど、僕はちょっと違うかなと思っています。コーヒーって生産国から生豆で届くんですけれど、そこから消費者の口に入るまでに想像以上に煩雑なプロセスがあります。つまり、クオリティのコントロールがすごく難しい。コーヒーは収穫した時点から、様々なヒューマンエラーが重なることでクオリティが落ちていくんです。ワインはワイナリーでボトルに詰められた時点でクオリティのコントロールが完成しているので、その後はどのような経験として提供していくか、という戦いなんです。
ですからフォースウェーブは、収穫時の生豆のクオリティを、いかに落とさずに提供できるか、このコーヒー豆にどのような付加価値をつけられるか、という課題に焦点を当てたものになるのではないかと思います。
コーヒーは人を笑顔にするプロダクト
大谷: では、最後に必ずおうかがいしていることなのですが……。
井崎: 「私によくて、世界にイイ。」ですね?
大谷: はい(笑)。井崎さんにとっての「私によくて、世界にイイ。」について、コメントをいただけますでしょうか。
井崎: 僕はいまコンサルティングの仕事をしていて、日本ではコーヒーエヴァンジェリストと呼ばれています。僕のミッションというのはシンプルに言うと、消費者の人たちにできるだけ美味しいコーヒーを飲んでもらうことです。僕が愛しているのは「美味しいコーヒー」だけではなくて、世の中の「すべてのコーヒー」なんです。
例えば、今ここにあるのはパナマのフィンカ・デボラ(Finca Deborah)という農園のゲイシャという品種で、カーボニックマセレーションという実験的なプロセスでつくられているコーヒーです。こういうのが飲める人って、日本人口の何パーセントだと思いますか?
大谷: ……1パーセントもいないですよね。
井崎: 0.0◯パーセントですよ。スペシャルティコーヒーの市場規模が約5%と言われていますから、95%の人が普段はいわゆるコマーシャルコーヒーを飲んでいるわけです。僕のミッションは、その95%のコーヒーをどれだけ良くしていくことができるか、そしてその先に、どれだけその人たちをスペシャルティコーヒーの世界に誘っていけるか、ということだと思うんです。そうすることが、コーヒー業界全体への貢献だと思っています。
美味しいコーヒーは人を笑顔にします。コーヒーを飲む時間って平和ですよね。好きな人と飲むもよし、みんなでワイワイ飲むもよし。僕は美味しいコーヒーを広めることで世界平和に貢献したいと本気で思ってます。僕は年間200日以上を海外で仕事していて、コーヒーは世界をつなげることができると思っています。人種や国境なんて関係ないです。コーヒーを通じて、いろんな人とイコールで話をすることができます。
大谷: 対立関係にある人同士の話し合いの場に、もし本当に美味しいコーヒーがあったら、その話の内容は変わるかもしれないですね。
井崎: そうですね、そういう力がコーヒーにはあると思ってます。なので、僕はいろんな人たちといろんな業界でお仕事をします。
大谷: 業界全体でコーヒーの付加価値を上げて、みんなを笑顔にしていこうということですね。
井崎: 多くの人が美味しいコーヒーを気軽に飲めるようにすること、それが僕の仕事です。
大谷: 本日はありがとうございました。
聞き手:ethica編集長 大谷賢太郎
あらゆる業種の大手企業に対するマーケティングやデジタルの相談業務を数多く経験後、2012年12月に『一見さんお断り』をモットーとする、クリエイティブ・エージェンシー「株式会社トランスメディア」を創業。2013年9月に投資育成事業として、webマガジン「ethica(エシカ)」をグランドオープン。2017年1月に業務拡大に伴いデジタル・エージェンシー「株式会社トランスメディア・デジタル」を創業。2023年までに、5つの強みを持った会社運営と、その5人の社長をハンズオンする事を目標に日々奮闘中。
井崎 英典(いざき・ひでのり)
福岡県出身、1990年生まれ。高校中退後、
記者:松崎 未來
東京藝術大学美術学部芸術学科卒。同大学で学芸員資格を取得。アダチ伝統木版技術保存財団で学芸員を経験。2011年より書評紙『図書新聞』月刊誌『美術手帖』(美術出版社)などのライティングを担当。2017月3月にethicaのライター公募に応募し、書類選考・面接を経て本採用となり、同年4月よりethica編集部のライターとして活動を開始。関心分野は、近世以降の日本美術と出版・印刷文化。
ーーBackstage from “ethica”ーー
井崎さんと編集長・大谷の対談、いかがでしたでしょうか? 実は同日、モデルの斉藤アリスさんも、ethicaライターとして井崎さんを取材。井崎さんから「おいしいコーヒーの淹れ方」を伝授いただきました。雑誌やテレビで個性的なカフェを紹介し、さらには『斉藤アリスのときめきカフェめぐり』という本まで出版した、大のカフェ通のアリスさんが、コーヒー豆の扱いや自宅で実践するためのポイントをしっかり押さえたレポートを、皆さまにお届けしてくれます。自分もカフェの従業員として、アリスさんの記事が楽しみです!
<エシカ記事予告> 【自宅で美味しいコーヒーを淹れるコツとは?】ワールドバリスタチャンピオンが指南! 〜世界のカフェを巡るカフェマニア・斉藤 アリスがリポート〜
関連映像(関連キーワードでYoutubeから抜粋)
提供:サラヤ株式会社
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp