近年、がんの診断を受けた人を「がんサバイバー」と呼ぶようになってきています。「がん患者」という言葉が、がんを治療中の人を指しているのに対し、「がんサバイバー」という言葉は、より広くがんの治療を終えた人までを含みます。「がんサバイバー」の生活には、医療分野のみではなく、さまざまな分野からの社会的なサポートが必要です。「がんサバイバー」の暮らしを支える女性二人のお話と、株式会社アデランス・大分大学の産学連携プロジェクトをご紹介します。
「がんサバイバー」が自分らしい生き方を選択できる社会
「がんサバイバー」の生活には様々な制約が生じます。身体のつらさだけでなく、精神的なつらさまでを含めて、周囲に理解してもらうことは決して容易ではありません。「がん患者」ではなくなっても、長い治療期間を経ての社会復帰には、さまざまな壁が立ちはだかります。手術によって身体の一部を切除し、人生の方向転換を迫られる人もいるでしょう。服薬を続ける方も多いですし、後遺症が残るケースもあります。また、転移再発の不安は生涯消えません。
「がんサバイバー」が、自分らしい生き方を選択していくには、多方面からの支援が必要です。がん治療と「その後」が抱える多くの課題に、当事者だけでなく社会全体で取り組んでいこうという考え方を「がんサバイバーシップ」と呼んでいます。「日本人の2人に1人が生涯でがんになる」とも言われる時代、がんは決して他人事ではありません。「がんサバイバー」は、あなたの身近な場所にもいるはずです。
アピアランスケアの重要性
がんサバイバーを支える取り組みの一つにアピアランスケアがあります。がん、あるいはがんの治療によって、がんサバイバーは、脱毛、肌色の変化、皮疹、爪の変化、手術跡、部分欠損といった外見(アピアランス)の変化に直面します。中でも、抗がん剤の副作用で頭髪が抜けてしまうということは、比較的多くの方がご存じなのではないでしょうか。
アピアランスケアは、こうした外見の変化に対するがんサバイバーの不安やとまどいの軽減を目指すものです。専門的な知識をもった人が相談にのったり、ウィッグや化粧品の活用を提案したり、といったことが挙げられます。
自分の頭から日に日に髪が抜け落ちていくのは、当人にとってかなりショッキングな出来事だと思いますし、家族や周囲の人々にとっても心の痛む光景です。頭髪の脱毛に対するアピアランスケアについては、以前ethicaでも、病気で髪を失った子供たちにウィッグを届ける「ヘアードネーション」の活動を紹介しました。
より多くの人の笑顔のために、アデランスグループのCSR活動
ethicaでは、同記事の取材にあたり、1978年よりフルオーダーメイドのウィッグを子供たちにプレゼントする「愛のチャリティ」活動を続け、NPO団体「Japan Hair Donation & Charity」のヘアードネーションを支援している株式会社アデランスCSR推進部(現:グローバルCSR広報室)を訪ね、ウィッグが闘病患者をいかに励まし勇気づけるかについて、お話をうかがうことができました(参考:あの人気女優さんも参加している、髪の毛を切るだけでできる社会貢献「ヘアードネーション」って?)。
アデランスグループのCSR活動には、永年にわたり顧客のセンシティブな悩みに寄り添い、精神面のサポートまでを行ってきた同社のノウハウが最大限に生かされています。病院内ヘアサロンの全国展開や、医療用ウィッグの接客に関する教育普及など、事業と一体化したCSR活動は、国外からも高い評価を受けています。(参考:大津波の際に避難の目標を後世に伝え続ける NPO法人さくら並木ネットワークを支援)
さらに同社では、2013年11月より、抗がん剤の副作用である脱毛の抑制効果が期待されている「新規αリポ酸誘導体」について、大分大学との間で共同研究を進めています。これまでにも、皮膚・毛髪研究の分野で研究に取り組み、東京大学・大阪大学・東京工業大学といった大学と連携してきたアデランス。(参考:オーガニック認証の世界基準ECOCERT(エコサート)を取得した、使う人にも地球にも優しいヘアケア商品、アデランス「スカルプガード オーガリッチ」デビュー!)今回、両者の新たな契約の締結に伴い、都内にて、この産学連携プロジェクトの研究結果の発表と、がんサバイバーのアピアランスケアにまつわるスピーチが行われました。
がんサバイバーの声を聞く、がんとともに生きる
先に触れたアデランスと大分大学の契約締結式では、二人の女性がゲストに呼ばれスピーチを行いました。一人は、フィットネスを通じてがんサバイバーを支援する「一般社団法人キャンサーフィットネス」の代表理事、広瀬眞奈美さん。もう一人は、自らも乳がんを経験しているアデランスの井上美也子さん(東日本カウンセリング室マネージャー)です。
フィットネスを通じてがんサバイバーを笑顔にする、広瀬眞奈美さん
広瀬さんは、がんサバイバーを取り巻く環境や現状、アピアランスケアの重要性について、お話されました。特に印象的だったのは、広瀬さんが主催したイベントの参加者が「イベントに参加することで、ウィッグの使用に対する抵抗感をぬぐいさることができ、前向きにウィッグを着用した暮らしを送れるようになった」というエピソードです。
広瀬さんはスピーチの中でアピアランスケアを「心の体力づくり」と呼びました。「アピアランスケア」において重要なのは、病気が発覚する以前の状態を維持したり取り戻すことではなく、がんサバイバーが新しい自分のスタイルを見つけるのをサポートし、それを肯定することなのだ、と広瀬さんのお話を通じて感じました。
自らも乳がんを経験するアデランスのカウンセラー、井上美也子さん
また、井上美也子さんは、乳がんの診断を受けてから今日に至るまで、どのように治療と仕事、子育てを両立させてきたか、ご自身の体験を時系列に沿ってお話くださいました。局面ごとの心の葛藤の声は、等身大のとてもリアルなもので、抗がん剤を投与し出したとき「昼頃からぽろぽろと髪の毛が抜け始めて、その日の夜はシャンプーをすることが怖くなりました」という言葉には、胸が痛くなりました。
しかしながら、病院選びに始まり、治療の進め方や働き方まで、井上さんは常に周囲の人々と積極的にコミュニケーションを取り、情報を収集しながら、選択肢のひとつひとつを自らの意志で決定されてきたようでした。抗がん剤によって髪が抜け落ちた自分の姿を写真に記録するなど、辛い経験をバネに、カウンセラーとして多くの人を支えたいという大きな目標が、井上さんの闘病のバイタリティになったのだと思います。
井上さんは、「新規αリポ酸誘導体」の共同研究への期待と、「自身の体験を通じて、お客様の心に寄り添うカウンセリングを心がけたい」という抱負を述べて、スピーチを締めくくられました。
がんサバイバーが生きやすい社会、それはきっと、すべての人にとって、自分らしい生き方を選択できる社会なのだと思います。病気の人々が社会から孤立することのないよう、そして自らが病気になったときに社会から孤立しないよう、お二人のお話をうかがい、「がんサバイバーシップ」という考え方そのものが、今後広く浸透していけばと思いました。
抗がん剤の副作用を抑える「新規αリポ酸誘導体」の共同研究
2017年12月、株式会社アデランスは同大分大学と「新規αリポ酸誘導体」を配合した製品の製造及び販売権にかかる契約を新たに締結し、その締結式にて、100名以上の乳がん患者を対象に行った臨床研究結果についての発表を行いました。今後、大分大学は株式会社アデランスとの共同研究を進めて、様々な製品化に邁進していきます。
こうした研究がどんどん活性化され、がんサバイバーが笑顔で日々の暮らしを送るための選択肢が、より利用しやすく多様になることを心から願っています。
記者:松崎 未來
東京藝術大学美術学部芸術学科卒。同大学で学芸員資格を取得。アダチ伝統木版技術保存財団で学芸員を経験。2011年より書評紙『図書新聞』月刊誌『美術手帖』(美術出版社)などのライティングを担当。2017月3月にethicaのライター公募に応募し、書類選考・面接を経て本採用となり、同年4月よりethica編集部のライターとして活動を開始。関心分野は、近世以降の日本美術と出版・印刷文化。
ーーBackstage from “ethica”ーー
数年前に、私は同窓の声楽科の友人をがんで失いました。彼は手術で右脚を切断し、義足で公演活動を続けていましたが、腫瘍は脳に転移し、ついには舌に転移してしまいました。歌えなくなった病床の彼に、同期の作曲家の友人がハミングだけで歌えるオリジナルの譜面をプレゼントしたという話を聞き、「自分らしい生き方」は周囲の理解と協力なくしてあり得ないものなのだと思いました。彼が最期まで歌手としての気高い人生を貫けたのは、彼自身の類い稀なる精神力はもちろん、それまでに築き上げた信頼関係の賜物だと思います。そして彼の想いは、友人や教え子、彼の郷里の人々に受け継がれています。彼は今も、病と社会の大きな環の有り様を、天国から見守り続けてくれているのだと思います。
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp