2018年2月16日、金曜日の夜の銀座で、雑誌『日経おとなのOFF』主催によるイベント「舞と芸術の夕べ」が開かれました。会場は、昨年オープンしたGINZA SIXの地下にある観世能楽堂。『日経おとなのOFF』が掲げる大きなテーマは、人生100年時代といわれる今日の日本で、後半生をいかに健やかに、心豊かに生きていくか、です。今回のイベントは「演舞」と「芸術講座」の二部構成で、参加者はいにしえの都・奈良の息吹を肌で感じ、おとなの教養を深めることができました。充実のイベントをethica編集部が振り返ります。
上方の伝統芸能、お座敷で嗜む「地唄舞」
イベントの第一部は「いにしえの都に伝わる地唄と舞の世界」。観世能楽堂の能舞台で「地唄舞」を鑑賞します。「地唄舞」とは、上方(京阪)で発生した日本舞踊の一種。主に地唄を伴奏とし、お座敷の限られた空間で静的に舞う舞踊です。今回は、奈良の花街・元林院(がんりいん)から、舞手の雛菊さんがお越しくださいました。
最初の演目は、地唄舞の代表的な作品で、恋しい男性を想う女心をうたった「名護屋帯」。続いて、奈良・東大寺の大仏様と京都・方広寺の大仏様を恋人同士に見立てた「大仏」という、一風変わった趣向の演目を舞ってくださいました。
能舞台に朗々と響く地唄と三絃(三味線)の音色の中、雛菊さんが登場。
締めて名護屋の二重帯 三重廻る
深山鶯 鳴く音にほそる 我は君ゆえ 焦がれて細る
「地唄舞」の動きは能を起源とすると言われ、めくるめく展開の華やかさは無いものの、ストイックな所作は、独特の典雅さと風格をそなえていました。上方の長い歴史の中で、じっくり醸成された様式とでも言えばよいのでしょうか。奥床しい表現の中にこめられた人の情や色恋の艶っぽさを味わう教養と感性————日本文化のおとなの嗜みを垣間見ることができました。(筆者はこれを一夜にして理解するには到底修行が足りませんが……。)
この日の会場には、奈良から東大寺長老の筒井寛昭さんもお見えになっていました。雛菊さんが舞われたあとに、筒井さんが参加者に向けて東大寺のお水取りや奈良元林院と同寺のゆかりなどをお話しくださったことで、参加者は「地唄舞」の歴史や由緒に、より興味を持つことができました。
奈良元林院の雛菊さんに聞く、奈良の風土と地唄舞
「地唄舞」の伝統の担い手が東京にお越しになった貴重な機会、終演後の雛菊さんにお話をうかがいました。
−−雛菊さんはこれまで海外も含め、さまざまな場所で「地唄舞」を披露されてきたそうですが、今回、観世能楽堂の能舞台で舞われた感想をうかがえますでしょうか。
雛菊: 伝統と格式がありながらも新しく、進取の気性を感じる観世能楽堂で舞うことはとても新鮮で光栄でした。どの舞台で舞おうとも変わらない「雛菊の地唄舞」を披露することを胸に、いい緊張感をもって舞台に臨めました。
−− 奈良元林院の地唄舞の特徴を教えてください。
雛菊: 華美な表現を排し、抑制された動きで繊細な心理描写をするのが上方舞の特徴ですが、特に奈良元林院の舞は「自然態」を体現しようとする心のありようが根底にあるように思います。
−− その「自然態」の体現は、奈良の風土や歴史に由来するものなのでしょうか?
雛菊: 奈良は四季折々どの季節をとっても、いにしえからの風土が護られている日本のまほろばとしての魅力を存分に感じることができます。京都や東京とは違う奈良独特の地唄舞、「雛菊の地唄舞」はこうした風土に根ざしていると感じます。
−−奈良の長い歴史に立脚した「地唄舞」の伝統を受け継ぐ雛菊さんにとって、「私によくて、世界にイイ。」ことを教えて下さい。
雛菊: 「自然態」であること。
舞の表現・動作は、すべて日常の中から様式化されたものであり、その所作はごく自然で違和感なく動き出せるものだと理解できるようになって参りました。私なりに間違いのない表現ができる、そんな作品を積み上げながら前進してきた道が今日の舞台にもつながっています。自分のやるべきことを「自然態」でやり続けていくことが世界をよりよい場所に変えるのでないでしょうか。
−− 本日はありがとうございました。
女優・羽田美智子さん「複数の点だった知識が、あるとき自分の経験を通じて線になっていった」
イベントの第二部は芸術講座。前半は女優の羽田美智子さんへの公開インタビュー。後半は、前半の羽田さんに加え、春日大社国宝殿・主任学芸員の松村和歌子さん、奈良国立博物館・館長の松本伸之さんを迎えての座談会形式で、奈良の魅力について各々語っていただきました。
羽田さんと言えば、先月スタートのテレビドラマ「特捜9」への
公開インタビューでは『おとなのOFF』編集長の行武知子さんがインタビュアーとなり、「芸術の楽しみ方、伝統の感じ方」と題して羽田さんにお話をうかがいました。
羽田さんは、二十代のときに日本舞踊の先生から「女優を目指すならば和の文化に触れておくべき」と諭され、日本の伝統文化や諸道の作法を学ぶことを常に意識してきたと言います。
「そうして聞きかじってきたことが、後々とても役に立ちました。はじめは点と点だった知識が、やがて線になっていって、すべて緯糸が繋がっているのだと実感しました」と話し、海外出張の際に懐紙を携帯していたことで生まれた素敵な出会い、臨書体験が芸術家の表現理解を促したエピソードなどを紹介されました。
その道を極めるには、長い年月を要する日本の伝統文化・芸道ですが、確立された型や様式、手順や作法の中には、日常の暮らしを豊かにするヒントがいっぱい。インタビュー中、一語一語を何かで丁寧に包み込んでいくような羽田さんの話し方、これまでの経験を反芻する際のきらきらした目の耀きがとても印象的でした。ひとつひとつの出会いを大切にし、あらゆる機会をご自身の教養として吸収してこられたものが、言葉や仕草に表れているのだろうと思います。
人々の祈りを感じる場所、奈良の魅力
さて第二部後半は、奈良が大好きな三者によるトークセッション。控え室から既にヒートアップしていたという奈良談義は、45分という短い時間にもかかわらず、盛りだくさんの充実した内容になりました。
すべての熱い想いをここでお伝えできず残念ですが、お互いの言葉にうなずき合う三者に共通していたのは、とにもかくにも「奈良は自分の足で歩いて、歴史の空気を感じてほしい」ということ。登壇者それぞれの愛にあふれた言葉をご紹介します。
松村和歌子さん(春日大社国宝殿・主任学芸員)
「春日大社は、昨年、20年に一度の式年造替を行い、御殿も美しくなりました。さらに今年は、春日の神様が鹿に乗って奈良の地にお越しになって1250年目という、大変おめでたい年です。
春日大社は、東大寺、興福寺、そして奈良国立博物館が隣接していて、地域一帯をゆったりと散策することで奈良朝の歴史の中に迷い込めます。この4月には『平安の正倉院』とも言われている春日大社のご宝物を、当館と奈良国立博物館さんで一挙公開します。ぜひこの機会に、多くの方に奈良にお越しいただければと思います」
松本伸之さん(奈良国立博物館・館長)
「奈良では、国際色豊かな古代の宝物が、長い歴史の中で人々の手で大切に守り伝えられてきました。こうした保存・伝承の事例は、世界的に見ても非常に希有と言えます。
漢字や仏教、その他さまざまな技術が大陸から伝来した奈良朝は、非常に躍動的な社会であり、奈良のグローバリズムには現代の私たちが参照すべきものがたくさんあります。
事前の下調べをしなくても市内で十分に観光ができてしまう京都に比べると、奈良の観光には能動性が求められますが、歴史の深淵に触れ、心がざわつくような発見が必ずあると思います」
羽田美智子さん
「京都の神社仏閣も好きですが、奈良のお寺や神社に行くと、なんだか懐かしい気持ちになります。空が近いせいでしょうか、奈良は、ほっと落ち着くような、魂が震える場所ですね。
最近、奈良のまちに新しいお店が増えてきました。でも、オシャレなスペイン料理のお店に入っても、精進料理のお店に来たような感覚になるんです。それは奈良の方々が、歴史に対する自負を持ち、受け継がれてきた精神を大切にしながら、新たなものを生み出そうと模索されているからだと思います。
時代が下ったからといって、必ずしも現代が過去の時代より優れているとは限りません。先人たちが築いてきたものから学ぶ、それが現代に生きる私たちが次に前進するために必要なことだと思います」
自分の「これから」に向けて、歴史に学ぶ。前半のお話と合わせて、最後の羽田さんの言葉にはとても説得力がありました。今年の春、新たな自分を探しに、奈良に足を運んでみてはいかがでしょうか?
【この春注目! 奈良の展覧会情報】
創建1250年記念特別展「国宝 春日大社のすべて」
会 期:2018年4月14日〜6月10日
休館日:月曜日 ※ただし4月30日は開館
時 間:9:30〜17:00(金・土曜日は19:00まで)※入館は閉館30分前まで
会 場:奈良国立博物館
春日大社御創建1250年記念展Ⅱ 聖域 御本殿を飾る美術
会 期:2018年4月1日(日)〜8月26日(日)
休館日:会期中無休(予定)
時 間:10:00〜17:00 ※入館は閉館30分前まで
会 場:春日大社 国宝殿
記者:松崎 未來
東京藝術大学美術学部芸術学科卒。同大学で学芸員資格を取得。アダチ伝統木版技術保存財団で学芸員を経験。2011年より書評紙『図書新聞』月刊誌『美術手帖』(美術出版社)などのライティングを担当。2017月3月にethicaのライター公募に応募し、書類選考・面接を経て本採用となり、同年4月よりethica編集部のライターとして活動を開始。関心分野は、近世以降の日本美術と出版・印刷文化。
ーーBackstage from “ethica”ーー
『日経おとなのOFF』は、毎年1月号の「○○
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
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