世界には、格差、貧困、差別、偏見といった「見えない壁」が存在し、子どもたちの未来を狭めてしまっている現実があります。 こうした「見えない壁」に立ち向かう子どもたちが主役となるのが『I’m a HERO Program』です。音楽に関わることを自ら選択した子どもたちが、憧れの舞台での演奏という大きなチャレンジを通じて、自らの力で逆境に挑戦し乗り越えていく象徴「ヒーロー」として、今年修好111周年を迎えたコロンビアを舞台に展開されました。
コロンビアの26名の子どもたちが憧れの舞台へ
コロンビア・メデジン市のスラム地域で暮らす26名の子どもたちが努力を重ね、サッカースタジアムという憧れの舞台に立ち、見事にコロンビア国歌の演奏を成功させた、今回の「I’m a HERO Program」。
プログラムを主催したのは楽器メーカーのヤマハ。幅広い選択肢を持つことが難しい環境で暮らす子どもたちに、音楽への憧れを創出し、音楽が一つの選択肢になることを提示したいという想いからプログラムはスタートしました。
プログラムではまず、楽器未経験やリコーダーしか演奏経験がない子どもたちに、ヤマハの管楽器「Venova™」(ヴェノーヴァ)が手渡されるところからプログラムは始まりました。「Venova™」は、リコーダーのような指使いで演奏できる親しみやすさを持つ一方で、本格的な吹奏感を持つリード楽器であり、憧れの舞台での演奏に向けて子どもたちは、この手にしたことのない新しい楽器の演奏技術の習得と、コロンビア国歌の練習に熱心に取り組みました。
約半年に渡った練習は、スラム街で暮らす彼らにとって容易なものではなく、毎日の練習やリハーサルのために市内へ移動することさえ物理的な障壁や苦労が伴いました。しかし、子どもたちとその家族が互いを優しく、時には厳しさをもって支え合い続け、彼らはヒーローとなる舞台へ上がりました。
その舞台となったのは、2018年9 月30 日のコロンビア国内一部リーグの一節。スタジアムのスクリーンに彼らの歩みを紹介するフィルムが映し出されたあと、26 名のヒーローの名前が一人ずつアナウンスされ、子どもたちはサッカークラブ「アトレティコ・ナシオナル」の選手とともにフィールドへと入場し、大観衆の前へ歩を進めました。
同国でサッカーは極めて高い人気を誇ります。特に「アトレティコ・ナシオナル」は、過去に16 度の国内リーグ優勝経験を持つメデジン市を本拠地とする強豪サッカークラブで、子どもたちにとって選手は憧れの存在です。
演奏を終えた彼らは誇らしく前を見据えていました。子どもたちの努力が「見えない壁」を超え、彼らが「ヒーロー」の象徴になった瞬間となりました。
2018年11月には、子どもたちの軌跡を描いたドキュンタリーフィルムがプログラムを主催したヤマハから公開されています。本編は55分にも及ぶ大作となっており、子どもたち音楽に向き合うことで、自身の中に確かな変化を見出していく様子が描かれています。
◾️ドキュメンタリームービー(55分2秒)
ヤマハの主担当・嘉根林太郎さんにお聞きしました
大成功で終えた今回のプログラム。その主担当をつとめられたヤマハ(株)のブランド戦略本部の嘉根林太郎(かねりんたろう)さんにお話をうかがいました。
エシカ: 今回、コロンビアのメデジン市での開催を決めた理由とは?
ヤマハ 嘉根さん: 大きく3点あります。
1点目は、世界的に認知されている社会課題(貧困や治安の問題等)が存在している場である一方で、街自身が力強く前進し、課題解決を進めている場であり、プログラムを通じてお力添えができると考えました。
2点目は、ベネズエラのエル・システマのような、無償で子どもたちに楽器演奏の機会を提供する組織がコロンビアにも同様に存在することです。そして、ヤマハの現地の販売代理店が、「ToKANDO」と呼ばれる独自の音楽教育カリキュラムを積極的に実施していることも大きな要因でした。「楽器を持つ子は銃も持たない」という会長の理念のもとでこのカリキュラムは実施されており、「I’m a HERO Program」を実施する上で、現地の人たちが賛同し参加してもらえる土壌が整っていたと考えています。
3点目は、そのような状況下にあって“音楽の力”を通じてヤマハが貢献できると考えたからです。極端に言ってしまえば、サッカー選手になるか非行に走るかと言われる子どもたちに対して、“音楽も一つの選択肢”であることを提示出来ると考えました。努力を通じて何かを達成する体験を構築することで、彼ら自体が、友達、周りの人、コロンビアの子どもたちにそれを伝えるヒーローとなりました。選択肢として音楽を提示するのみならず、子どもたちが音楽をやりたい!と思った時に、2点目にあげたようなカリキュラムがきちんとその受け皿として存在していることも大きな理由です。
エシカ: 今回の26名の子どもたちは、すぐに集いましたか?また途中で離脱せざるをえない子もいたのでしょうか?
ヤマハ 嘉根さん: 販売代理店が実施する音楽教育カリキュラムに参加する子どもたちのほか、スラム地域で暮らす子どもたちやそのご家族に参加を呼びかけました。その結果、皆、「音楽をやりたい!」と自ら選択して参加してくれました。ですから、集めることに大きな苦労ありませんでしたが、途中で離脱をしてしまいそうな親子はいらっしゃいました。というのも、約半年に渡った練習は、スラム街で暮らす彼らにとって容易なものではなく、物理的な障壁や大きな苦労が伴います。ですが最後は、仲間や家族の支えもあり、無事完遂することが出来ました。あるお母様の言葉が印象的だったのですが、「ここでやめさせてしまうは簡単。ただ、ここでやめてしまったらそのような“やめる”前例を作ってしまうことになる」と。
エシカ: 9月の大舞台を終えて、参加者の彼らは今どう過ごしていますか?
ヤマハ 嘉根さん: 今も継続的に音楽カリキュラム内でレッスンを受けているとの報告を受けています。嬉しい限りです。
エシカ: 今回のプログラムを終えて、率直なご感想は?
ヤマハ 嘉根さん: この度ご協力していただいた、サッカークラブのアトレティコ・ナシオナル及び、現地サッカー協会、現地日本大使館、メデジン市長、販売代理店と制作スタッフ、そして何より子どもたちとそのご家族の努力に感謝しかありません。本番終了後、子どもたち、家族、スタッフと共に、抱擁を交わしながら、子どもたちの成功を讃えた場面は一生忘れられません。Gracias, Japon, Gracias Yamaha(ありがとう日本、ありがとうヤマハ)とユニフォームの寄せ書きには記されていました!
ヒーローとなった子どもたちの今後の人生に、どのように本プログラムが作用するかは未だわかりませんが、音楽は確実に、人の考え方、視野をポジティブに導く力が有るのだと改めて考えさせられました。
一人でも多くのコロンビアの子どもたち、人々が、このプログラムを現地、画面、紙面、及びドキュメンタリー・ビデオ等を通じて、音楽を選択肢の一つとして考えてくれること、またグローバルにて音楽を通じて社会課題に立ち向かおうと言っていただける仲間が出てきていただければと考えております。
エシカ: ありがとうございました。音楽の力を活かしたプログラムや、あらたな挑戦など、また教えてください!
みんなで演奏した新しい管楽器、ヤマハの「Venova™」
「Venova™」は、環境にかかわらず、より多くの人に音楽を楽しんでもらいたいという想いから開発された新しい管楽器。サクソフォンは多くの部品と複雑な構造から成りますが、「Venova™」は円筒管を分岐させた「分岐管」構造や管の長さを縮める蛇行形状によって、コンパクトかつ最小限のキイを使用したシンプルな構造でサクソフォンに近い音色を奏でられるようになっています。軽量で壊れにくく水洗いもできるABS 樹脂製で、どこにでも気軽に持って行くことができます。リコーダーのような指使いで演奏できる一方で、本格的な吹奏感を持ったリード楽器です。
◾️トレーラー(2分33秒)
参加者や関係者のコメントの一部をご紹介
プログラムに参加した13 歳の少年(愛称パッチョ)のコメント
「プログラムに参加したことで自分がいかに悪いところにいたか分かった。それからは悪いところには行かずに家でVenovaを練習するようにした。聴く音楽も自分で選べるようになった。悪いことを歌わずにメッセージを伝えている音楽が好きだ。ヒーローといえばフィクションのようなスーパーマンを想像するかもしれないけど、人のために戦ったり何かしたりする人だと思う」
パッチョの母親のコメント
「これまでパッチョは悪い子でした。今回のプログラムを始めたことで音楽に集中するようになり、音楽はパッチョに変化をもたらしてくれました。母親の手伝いだけでなく近所の人たちの手助けもする協力的な子どもになりました。音楽は何かを変えるチャンスや機会になるものだと思います」
駐コロンビア日本国特命全権大使 森下敬一郎氏のコメント
「コロンビア国歌を演奏する子どもたちの姿に感銘を受けました。彼らは特別な力を持った人ではありません。しかし、他人のために何かができる彼らはまさしくヒーローです。彼らがこの経験を通じて新たな挑戦へと立ち向かい、将来自分の夢を追い続けていってくれることを期待しています。また、コロンビアと日本の修好110 周年を迎える佳節の年に、このような素晴らしいイベントの準備に尽力されたすべての関係者の方々に感謝の意を表します」
コロンビア メデジン市 市長フェデリコ グティエレス ズワアガのコメント
「プロジェクトに参加した子どもたちはまさに街の象徴です。彼らの大志はもっと多くの人の役に立っていくでしょう。そしてこの機会をつくってくれた関係者の人々もヒーローです。とても感謝しています。メデジンで最も価値があるものは、山々や花などの景色だけでなく、人やその才能です。人々は常に前進をしています。この街にはもう希望があります。まだ貧困もたくさんありますが、いつも将来は良くなるという希望があるのです。彼らがそのシンボルとなり影響を広げていってくれることを願います」
ヤマハ株式会社 ブランド戦略本部 マーケティング戦略部 主事 嘉根林太郎
2011年入社後、営業を経て、アコースティックピアノのマーケティングや「Revstar」のブランディングを担当。2017年より楽器製品群に加えてヤマハブランドキャンペーンも手がける。最近の仕事に、コロンビアで今年9月に実施した「I’m a Heroプログラム」など。
記者 小田 亮子
神奈川県出身。求人広告、結婚情報誌などの制作ディレクターを経てフリーランスに。現在おもにブライダル関連のレポートを「ゼクシィ」「ゼクシィPremier」にてディレクション。「ethica(エシカ)~私によくて、世界にイイ。~ 」ほか、エステティック、化粧品、ジュエリーなどの記事をライティング。三人姉妹の真ん中に育ち、女子高・女子大卒。趣味は愛猫(雌)との女子会。
ーーBackstage from “ethica”ーー
貧困や格差、非行などに立つ向かう手段としては、よくスポーツが取り上げられますが、音楽の力も素晴らしいものだとあらためて感じました。演奏をやりとげた後の子どもたちの輝く笑顔は、まさにヒーロー登場といったところ。なお、ヤマハでは「すべての人がヒーローになる力を持っています」と呼びかけています。気になる人は、こちらもチェックしてみてください(https://live.yamaha.com/im_a_hero/)
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp