伝説のバンド「キャロル」の元メンバーという肩書きを捨て、「ヤザワ」になった潔さ
2018年秋に放映された、ツッパリ高校生を描いたドラマ「今日から俺は!!」で、もはや死語に等しかった「ツッパリ」という言葉が再び脚光を浴びることになりました。主題歌になった「男の勲章」は、もともと嶋大輔さんの1982年のシングルですが、その音楽スタイルのルーツは、1972年にデビューした「キャロル」というバンドにあります。矢沢永吉さんは、そのキャロルのベーシストであり、シンガーであり、作曲家でした。
その当時、ビートルズなどの洋楽は、オリジナルの英語の歌詞のまま歌われていました。日本製の音楽の主流は、作曲家・作詞家・歌手の分業によって成立する日本語で歌われる「歌謡曲」でした。それに加えて新しいムーブメントとして、アーティストが自ら作詞・作曲をして、アコースティックギターを弾きながら歌う「フォーク」と呼ばれるジャンルが人気を集めてきていました。吉田拓郎さんや井上陽水さんがその代表格でした。
そこにひとつの風穴を開けたのが、初期のビートルズのようなストレートな曲調のロックンロールを、革ジャン・リーゼントというツッパリ風の格好で歌う、キャロルという4人組バンドだったのです。
キャロルの楽曲のひとつの特徴として挙げられるのは、日本語で歌い始めたと思ったら途中から英語にスイッチする、日・英混合のオリジナル歌詞でした。
今では、J-POPの楽曲タイトルや歌詞のなかで英語のフレーズを使うのは普通のことになっています。日本人に聞いてもらうのだから基本は日本語の歌詞だが、言葉のリズムやフィーリングがしっくりくる箇所には自由に英語を当てる、という手法は、キャロルが編み出したものと言っても過言ではありません。
そのキャロルは人気絶頂のなか、たった3年で解散してしまうのです。ところが、間髪入れずに矢沢さんは渡米し、自分のソロアルバムをレコーディングして帰国します。
1975年に発売された第1弾シングルの「アイ・ラヴ・ユー, OK」はバラードで、その音楽スタイルは、キャロルがベースにしていたロック調のものとは全く違っていました。
ファンは、あまりにもキャロルとは違うサウンドに失望したとも言われています。しかし、キャロルの成功体験に甘んじることなく、最終ゴールとして見据えた大スター「矢沢永吉」を造りあげるために、「元キャロルのヤザワ」を潔く捨てて、新しいスタイルを模索したのでした。
現状に甘んじず、変わる勇気を持つこと。
それが長年に渡って彼がトップの座に留まっているひとつの要因でもあります。
日本では昨今、QRコード決済「PayPay」が注目を浴び始めましたが、矢沢永吉さんのコンサートは、数年前から紙のチケットでなくQRコードでの入場を導入しています。そんなところにも「今までこうだったから、これからも同じでいいや」をよしとしないご本人の姿勢が見てとれます。