前編に続き、イノベーションを作る人材が育つために社会や教育がどうあるべきなのか。講演後に米倉教授からethica副編集長・萱島がお話を伺いました。
学校って何のために行くのだろう?
米倉先生: 日本が良かったのは、どんな子でも公立学校にやっておけばなんとかなるさというのを100年くらいかけて作ってきたこと。日本の教育のいいところは公立のクオリティの高さだった。それがこの2~30年で崩れてしまったことが問題でしょう。そこはイノベーションしないといけない。麹町中学の工藤校長はこれまでの常識にとらわれない改革を進められているし、同様にさまざまなチャレンジをしている方もいる。
学校って何のために行くのだろうという問いに対して、ハーバード大学のクリステンセンという研究者は、彼は学校は何のためにあるかというと、「一つは学校という安全な場所で失敗を許容する、もう一つは友達を作るため」と言っています。だから、学校は絶対に安全な場所にして、、自由に失敗させるところでなくてはならないのです。またボクシングの例をあげるまでもなく、人には自分の伸ばし方が色々あるから、単一の尺度は本当に危険です。さきほどの工藤校長は、頭髪や服装の乱れは心の乱れではありません、と言います。命に関わることや人の自由を奪うことについてはとても怒るけれども、それ以外は自由だとしています。学校は社会の中でより良く自分が生きていけるように、その手段を与えるためにあるので、来たくなかったら来る必要はないし、中間テストもないし担任もいない。ただ難しいのは、生徒の自主性に任せすぎると、どこまでも落ちていってしまうかもしれない。しかし、それを校則で縛ったりするのはやはり違うと言います。どこまで堕落していっても人間は信じてやれば、絶対に戻ってくる。最終的には生徒を信じるという教育なんです。
ただ、それをみんながやっていくには時間がかかると思う。なぜかというと、短期的に比較して私立のほうが偏差値が高いとかいう価値基準があると、ついこれまでの価値観からつい引っ張られてしまう。でも、偏差値が何だというのでしょうか?人類が幸せになるのは偏差値ではないでしょう。さっきのボクシングをやった子の話を見ても、色々な方策をやっていたら、そこから手繰り寄せて勉強がしたくなる子もいますし、運動能力において抜群の成績を残せるようになる。北島廉介や錦織圭選手に偏差値を求めてどうなるのですか。むしろ、社会のなかで自分の価値を認め、どのような自己主張ができるか、そのような世界を作るほうが大事だと思う。
萱島: 現役の学生さんの世代は、これからもっと新たなイノベーションをしていく時代になると思うので、もっと教育現場と外との交流を持たせられたらいいですよね。
国の根幹として何が大事なのかというと、公教育
米倉先生: 外の世界のさまざまな価値と繋がるのは本当に大事です。日本はOECDで公教育に対する投資が最低水準なんです。5年間も。これは愚かとしかいいようがない。国が先生の給与水準を上げ、異分野から先生たちを採用していくことも大事です。何故かというと、多様なネットワークを持っている先生たちを採用することができるからです。生徒たちには早いうちからさまざまなロールモデルを見せることが大事です。
国の根幹として何が大事なのかというと、やはり公教育だと思います。シンガポールでは公務員の給与はシンガポールに進出した外資系企業の役員以上なんです。なぜかというと、給与を低くしていると汚職が起こったり、自分の職務を大事に思わなくなるから。
それは国の根幹として国のあり方をどう考えるかですよね。シンガポールは小国なので、公務員を中心とした計画的な経済立国が必要不可欠です。だから、彼らは経済官僚を優遇するのです。同じように、日本は教員の給与水準とか教員の自己投資には一番お金をかけないといけない。教育こそ最も国を富ませる効率の良い投資だからです。国民としても、そういうことをすすめる人を選挙で選ばないといけない。また、教師になりたい人は昔のほうが多かったのではないでしょうか。スウェーデンでは福祉介護士の給与水準が高くて、競争倍率もすごい高いと聞いた。いい人材が社会福祉に就くから、福祉がどんどん充実していく。その国が大事に思う分野には投資をしなければならないのです。
萱島: 今日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
米倉 誠一郎(法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科教授・一橋大学名誉教授)
1953年東京生まれ。一橋大学社会学部(1977年)・経済学部(1979年)卒、同大社会学修士(1981年)。ハーバード大学PhD(歴史学博士、1990年)。一橋大学商学部産業経営研究所教授、同大学イノベーション研究センター教授を経て、2017年4月より現職。企業経営の歴史的発展プロセスを戦略・組織・イノベーションの観点から研究。著書に、『経営革命の構造』(岩波新書)、『企業家の条件』(ダイヤモンド社)、『脱カリスマ時代のリーダー論』(NTT出版)、『創発的破壊:未来をつくるイノベーション』(ミシマ社)、『オープン・イノベーションのマネジメント』(有斐閣)、『二枚目の名刺 未来を変える働き方』(講談社)、『イノベーターたちの日本史:近代日本の創造的対応』(東洋経済新報社)、『松下幸之助:きみならできる、必ずできる』(ミネルヴァ書房)など多数。
ethica副編集長 萱島礼香
法政大学文学部卒。総合不動産会社に新卒入社。「
ーーBackstage from “ethica”ーー
アカデミー10周年記念プログラムでは、同アカデミーに参加したことのある非営利セクターの次世代リーダー100人が一堂に会し、発表者による社会課題解決の先進事例やパネルディスカッションなどを聴講しました。地方からの参加が7割だそうで、互いの講演に熱心に耳を傾け、交流を深める姿から、自分たちの手で日本を変えていくんだという意気込みを強く感じました。
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
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