気候変動やグローバル化で深刻化する問題に対応するため、2015年に国連で採択された「持続可能な開発目標」(SDGs)。貧困や格差の解消、地球環境の保全などをめざし、全ての国連加盟国が2030年までに取り組む行動計画だ。企業は単なる社会貢献ではなく、本業を通じた活動が求められている。ボルネオ島の生物多様性保全やアフリカ・ウガンダでの衛生環境改善など、まさに本業を通じて社会問題に取り組んできたサラヤの更家悠介社長と、サラヤの考え方に賛同し実際に商品を使っているモデルで一児の母の森貴美子さんが、「自分ごと」として向き合うSDGsについて語り合った。(前編:振り返ってみたら結果的にSDGsだった。)
ボルネオ島の現実に愕然。そこから新たな一歩が始まった
森きみ: 途上国への支援だけでなく、サラヤでは動物や森林といった自然環境の保護にも力を入れてらっしゃいますね。
更家社長: きっかけは、あるテレビ番組でした。1971年に発売した「ヤシノミ洗剤」は、創業から人にも地球にも優しい天然素材を使ってきた当社を代表する、まさに看板商品です。ところが2004年、あるテレビ番組から「ヤシの木の農園を広げるため、森林が伐採されて生息地を失ったボルネオゾウが苦しんでいる」と指摘され、「ヤシの油を使う企業」としてコメントを求められたのです。それは「ヤシノミ洗剤」に使われている原材料の一つ、アブラヤシの実から摂れるパーム油のことでした。調査を進めるとパーム油は世界で最も使われている植物油で、農園の拡大は世界的な食糧需要の増加に応えるため。そして工業用は全体の15%程。さらに石鹸・洗剤メーカーの中でも大きな企業ではない弊社が使用する量は全体から見ればごく僅かということでした。しかし、ボルネオゾウやオランウータンの絶滅危機に関係していることは事実です。
森きみ: 2年前、その現状をこの目で見ようとボルネオ島に渡りました。川からは深い緑が広がる豊かな森が望め、野生動物たちにとって素晴らしい環境だと感じました。ところがその後、空から見る機会を得て愕然としました。豊かに見えた森は川沿いにほんの少し残っているだけだったのです。こんな小さな森のなかで、ゾウやオランウータンなどの野生動物は生きることを余儀なくされているのか、それが人間の手によってこうなってしまったのかーー。お話を聞いていたにもかかわらず、実際にその光景を目にし、体感し、本当にショックでした。
ヤシノミ洗剤の売り上げの1%は商品や活動を支持してくださっているお客さまの想い
更家社長: われわれも少なからず自然環境に配慮したビジネスを手がけてきたという自負があったものですから、声を失いましたね。しかし、そこで止まっているわけにはいかない。さまざまな国際会議や研究会に参加しながら生物多様性保全の活動に踏み切りました。そしてコストは上がっても環境と人権に配慮して生産された原料を使い、ヤシノミ洗剤の売り上げの1%をその活動費用に充てることにしたのです。この1%は、当社が負担しているのではなく、当社の商品や活動を支持してくださっているお客さまから預かっていると考えています。その賛同を得るためには、しっかりと伝えることが重要です。森さんのように発信力のある人に実際に現状を見て、感じていただいたことを、消費者としての視点、言葉で伝えていただく。そうしたコミュニケーションが有効であると考えています。
森きみ: 商品を選ぶとき、「この洗剤を買うことがボルネオの野生動物を救う力になる」といった意識を持つか持たないかは、とても大事なことだと感じています。その意識は、やがて地球を守ることにつながるものだから。
更家社長: 商品を選ぶ時、どんな原料を使って作られているか。そこに思いを巡らしてもらえると、ちょっと高くてもいいから使ってみようと思えるかもしれません。森さんの周りの方々はどうですか?
森きみ: 二つに分かれますね。安いものを買って使い捨てしていく人と、自分の目でじっくり選んで長く使っていく人と。
更家社長: 確かに「安い」という軸は大事な価値観なんです。メーカーとしては安く提供しないと競争に負けてしまうので(笑)。ただ、昔の日本人はなんでも「もったいない」という精神で、高いとか安いとか関係なく、なんでも大切にしていました。包装紙を捨てずに再利用したり。
森きみ: うちの母はカレンダーの裏をメモにしていました(笑)。
更家社長: そうそう。限りのある資源を大切に使う、あるいは、使い続けたらいつかはなくなる資源、代表的なものが石油ですが、そうしたものから持続可能な植物系の資源に変えていく努力は必要だと思います。希望が持てるのが、むしろ若い人こそ消費に対する考え方がエシカルなこと。リサイクルショップの古着とかも上手に活用してますよね。
森きみ: 抵抗はないですね。オークションサイトやフリマアプリでほしいものを探すことは、もはや当たり前のことになっています。SDGsというと難しいのでは? というイメージを持ちがちですが、更家さんのお話を伺っていると、自然環境のことを考えて買うものを選ぶ、資源を大切に使いきるなど、とても自分ごととして考えやすいな、と。一人一人のその意識が、SDGsの実現につながるんだろうなと前向きな気持ちになれます。
環境のこと、途上国のことをちょっと考えてモノを選ぶ
更家社長: 森さんはモデルという仕事をしながら、お子さんを育てるワーキングマザーです。SDGs的な視点で気をつけていることはありますか?
森きみ: 日々の食料品の買い出しの時、棚の手前から取る、つまり、消費期限が早いものを選ぶようにしています。うちは夫婦二人に子ども一人だけなので、その日に買ったものはすぐに食べてしまいます。牛乳も3日に1本は飲んじゃうから、問題ありません。あとは洋服を買いに行ったとき過剰包装が多いので、「このまま持って帰りますね」とポケットにパッと入れちゃったり(笑)。自分で使うものは包装なんてしなくていいですから。
更家社長: モノ選びという点で、モデルさんはコスメにもこだわりがあると思いますが?
森きみ: そうですね。植物由来のナチュラルなものを選びます。肌にもいいし、地球にも優しいし。
更家社長: そうですね。そうした植物を栽培する農家の人たちを助けることにもつながるんです。たとえばアフリカで良質なホホバオイルがあり、それを商品に使い買ってもらうことができれば、アフリカの農家の人にとっては収入になり、当社も利益につながる。ウィンウィンの関係になれますし、自然の素材を使うことは消費者にとっても地球環境にとってもいい。
子どもが生まれてから、もの選びが変わった
森きみ: もの選びという点では、子どもが生まれてからガラッと変わりました。やはりいろんなことが気になってしまって……。
更家社長: 何を基準に選んでいるのですか?
森きみ: やはり、安心、安全ですね。周りのママさんたちの声と、あとはネットで調べます。ネットの情報は玉石混交とはいえ、やはり実際に使った人の声はとても参考になります。
更家社長: SDGsというと、きっと皆さん「難しい」「自分とは関係ない」と思ってしまいがちですが、森さんのようなインフルエンス力のある方が生活に密接した形で発信してくださることで、持続可能なもの選びや消費を皆さんが実践してくれるのでは、と期待しています。
森きみ: ありがとうございます。がんばります!
ーー最後に、お二人にとって「私によくて、世界にイイ。」とは?
更谷社長: 私にイイのは「和食」。美味しいものを食べたら幸せな気分になりませんか? 先日、フランスに行ったときに三つ星レストランに連れて行ってもらったのですが、最後にコーヒーのサイホンで昆布とカツオから抽出した出汁が出されたんです。なんだ日本をまねしてるな思ったけど(笑)。でも、フランスの三つ星シェフが和食を研究し、インスパイアされてクリエーティブな形で提供している。それは、和食が好きな私にとってもイイし、世界の食やグルメにとってもイイことなんやないかな、と思いますね。
森きみ: 私は「なんでもいったん受け入れる心」でしょうか。子どもを育てる上で、夫とよく意見が異なるんです。育児書などでは「両親の意見が一致しないと子供が混乱する」などと書かれていますが、うちは父親と母親の考え方は違っていていいと考えていて。家庭を社会の縮図のように捉え、社会にはいろんな考え方の人がいると子どもに知ってもらいたい。生きていく上で他人からいろんなことを言われたときに、「私はそうは思わない。でも、そういう考え方の人もいる。そういう考え方もある」と、自分と違う人をシャットアウトしない。そういう心が、自分の人間関係や生き方を豊かにし、差別のない世界に繋がっていくんじゃないのかな。そんな風に考えているのです。
更家社長: 一人ひとりが自分の意見を持った上で、正しい情報にアクセスする。それが、その人にとっても世界にとってもイイことなんだと思います。そういう軸をしっかり持って、ピカピカの地球を次の世代に伝えていきたいですね。
記者 中津海 麻子
慶応義塾大学法学部政治学科卒。朝日新聞契約ライター、編集プロダクションなどを経てフリーランスに。人物インタビュー、食、ワイン、日本酒、本、音楽、アンチエイジングなどの取材記事を、新聞、雑誌、ウェブマガジンに寄稿。主な媒体は、朝日新聞、朝日新聞デジタル&w、週刊朝日、AERAムック、ワイン王国、JALカード会員誌AGORA、「ethica(エシカ)~私によくて、世界にイイ。~ 」など。大のワンコ好き。
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp