コピーライターとして電通で働く木下舞耶さん。仕事はもちろん、仕事以外で挑戦した「スタンダップコメディ」が糧となり、2019年6月に開催された「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」で、パラリンピックをテーマにしたセミナーでモデレーターを務めることに。パラリンピックの社会的な意義とは?
仕事のモヤモヤをブレークスルーさせた「笑いの芸」
ーー電通でコピーライターとしてキャリアをスタートしました。仕事をしていて壁にぶつかったことは?
実は入社して3、4年目ぐらいに、ちょっとモヤモヤした時期があって。同期が活躍し始めているのに、自分はまだ大した仕事ができてない。今でこそ広告にソーシャルグッドが必要だという考えは当たり前になっていますが、当時はまだそうでもなくて、「広告がこの世に存在する意味って何?」と悶々と考え込んでしてしまい……。
そんな時たまたまYouTubeで見たのが、アメリカのスタンダップコメディでした。もう、めちゃくちゃおもしろい。クレバーだし、共感性の高い笑いだと感じました。私は関西育ちということもあって日本のお笑いも大好きなんですが、同じフリやツッコミを繰り返す「天丼」と言われる芸やリズム芸など、型のあるお笑いが主流です。対してスタンダップコメディは、自分の意見や主張をベースにネタを作ります。友達に話しているような感覚でありながら、ちゃんとオチの構造もある。世の中に対する主張が的確なネタには、笑いだけでなく、共感と喝采の拍手が起こったりするんです。
等身大だけど、世の中の時流を捉えるツッコミができたり、文化を見直すきっかけになったり。とても影響力の強い芸で、アメリカではスタンダップコメディのコメディアンが政治コメンター番組をやっていて、若い人の政治関心が高まったりしているんです。お笑いにそんな力があるのかと驚き、ネット番組で貪るように見ていました。
調べてみたら東京でもやっていることがわかり、早速会場へ。するとコメディアンの方から「君もやってみなよ」と誘われ、「やる!」と即答(笑)。オチの構造がCMを考えるときに似ていて、私にもできそうな気がしたのです。早速、ネタ作りに挑戦。同じようにスタンダップコメディを始めた女性と友達にもなれました。
仕事以外のアウトプットができたこと、会社以外で友達ができたことで、すごく元気が出てきました。仕事にもいい影響が。舞台慣れしたことで、クライアントにプレゼンテーションする際、CMのストーリーボードに書いたセリフやシーンの説明文を読むのですが、周りから「うまくなった」と褒められました。同僚やクライアントが舞台を見にきてくれることも。スタンダップコメディに挑戦したことで、モヤモヤの時期をブレークスルーすることができたのです。
パラリンピックには社会を変える力がある
ーー会社では一昨年、パラリンピックに関するチームに配属されます。
ご存知のとおり、パラリンピックは障がいを持つアスリートが参加するパラスポーツの国際大会です。2012年にイギリスで開催されたロンドン・パラリンピックが、パラリンピック史上もっとも成功した事例とされています。具体的には、ロンドンでは2012年以来、大会前より100万人もの障がい者がイギリスで雇用されるように。このインパクトは続き、2016年のリオ・デ・ジャネイロパラリンピックのあと、リオでは障がい者雇用の数が49パーセントも増加しました。つまり、単なる障がい者スポーツの世界大会としてではなく、社会に大きな変革をもたらしたためです。
日本でもそれを上回る成功事例にしていこうという機運が盛り上がっています。私が所属するチームでも、パラリンピックをきっかけとした社会変革をもたらすプロジェクトが進められています。パラリンピックは障がいを持つ人のためだけのスポーツの祭典ではなく、違いを持つ人たちがお互いをリスペクトし、これまで社会的弱者として虐げたれてきた存在の人たちにスポットライトが当たることで、新しい価値が生まれ、社会を変えていく。社会的弱者と言われる人たちが表舞台で活躍し、自分の能力を発揮できる社会になることが、社会全体のベネフィットになっていくーー。私たちはそう考えています。
ーーその考え、取り組みを世界に発信するため、カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバルの自社セミナーのモデレーターに抜擢されました。
チームにはスタープレーヤーが多いので、まさか自分が、と思いました。英語が話せて運動が好きそうで、チーム唯一の女性で、ダイバーシティに興味があって……ということに加え、スタンダップコメディでの舞台慣れ、舞台度胸が買われたのではないでしょうか(笑)。
電通では、障がいを持つ人の能力や新しい視点によって、新しい価値が生まれたり、社会が前進することを「パラリンピック・インパクト」と定義しています。セミナーでは、国際パラリンピック委員会(IPC)のチーフ・マーケティング・コミュニケーションズ・オフィサー(Chief Marketing & Communications Officer)と、両脚義足で走る陸上選手で、パラリンピックで三度のメダルに輝いた女性アスリートをゲストに迎え、進行しました。
その女性アスリート、マールー・ファン・ラインさんも、セミナーでご自身の素敵なパラリンピック・インパクトについてお話ししてくれました。彼女は、障がいを持つ子どもたちにもっとスポーツの楽しさを広める活動の中で、義足を入手することが、医療的なプロセスになってしまい、子どもにとって楽しくない経験になってしまうことに気づきました。そこであるスポーツブランドと始めたのが、スポーツショップに義足コーナーをつくるプロジェクト。友達と一緒にそのスポーツショップに行けば、友達がシューズを選んでいるときに、同じように義足を選ぶことができます。購入体験の楽しさが競技への入り口になり得るのです。プロジェクトはすでにオランダでスタートしています。
義足を使用する彼女だからこそ思いついたインサイト。チームやプロジェクトにダイバーシティを取り入れることは、新しいアイデアが生まれる秘訣だと実感しました。今後はさらに、自分が出会ったことのない人と出会い、新しい視点を取り入れ、世の中に何が足りていないのか、どこに問題があるのかを発見していく。そうした「課題を見つけるクリエーティビティ」も大切にしていきたいと思っています。
東京2020パラリンピックに世界からも期待が高まる
ーーカンヌライオンズはもはや単なる広告祭ではなく、社会、世界の向かう方向性を映し出す鏡のようなイベントです。
そうですね。出品作品はソーシャルグッドを意識したものが多く、そういうことを考えないとブランドも企業も存続が危ぶまれる時代になってきていると感じます。ここ数年は、女性やLGBT、環境問題などを取り上げた作品が受賞していましたが、今年は非常にタイミングよく障害を持つ人を考えるソリューションを提案した作品がグランプリやゴールドを受賞しました。そうした流れもあり、今回の私たちのセミナーは非常に好評だったようです。カンヌライオンズの公式事後リポートでもフィーチャーされ、世界的な潮流にマッチしていましたし、東京2020パラリンピックへの盛り上がりに寄与できたのでは、と手応えを感じています。
東京2020パラリンピックはいよいよ来年です。障がい者アスリートがヒーローとしてロールモデルとなっていくことが、見る者をインスパイアし、心を動かすことになると確信しています。
ーー最後に、木下さんにとって「私によくて、世界にイイ。」とは?
「みんなが笑うこと」ですかね。みんなが笑っていれば、それがうれしくて、私も笑顔になれるのです。
木下舞耶(株式会社電通 プランナー)
米国生まれ関西育ちのアメリ関西人。エマーソン大学卒業後、2012年電通入社。クリエーティブ局にてコピーライティングやCMプランニングを経験し、PRソリューション局へ。PR視点を取り入れたクリエイティブソリューションの開発やダイバーシティをテーマとしたプランニングを得意とする。
Cannes Lions、One Show、グッドデザイン賞、CMヒットメーカーランキング2019トップ10(CM総研)など受賞。
記者:中津海 麻子
慶応義塾大学法学部政治学科卒。朝日新聞契約ライター、編集プロダクションなどを経てフリーランスに。人物インタビュー、食、ワイン、日本酒、本、音楽、アンチエイジングなどの取材記事を、新聞、雑誌、ウェブマガジンに寄稿。主な媒体は、朝日新聞、朝日新聞デジタル&w、週刊朝日、AERAムック、ワイン王国、JALカード会員誌AGORA、「ethica(エシカ)~私によくて、世界にイイ。~ 」など。大のワンコ好き。
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
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