蜷川実花×大谷賢太郎(エシカ編集長)対談
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蜷川実花×大谷賢太郎(エシカ編集長)対談

©Hiro Nagoya

渋谷パルコのPARCO MUSEUM TOKYOで新作個展「東京 TOKYO/MIKA NINAGAWA」を開催した写真家で映画監督の蜷川実花さん。蜷川さんの新作写真集「東京 TOKYO」の刊行を記念して行われたもので、会場には「東京に生まれ育ち、この街しか住んだことがない」という蜷川さんが「大事なものすぎてなんだか手を出せない感じ」だった「東京」と向き合い、2年間にわたってシャッターを切り続けた500点以上もの作品が展示され、連日多くの人で賑わいました。

今回はエシカ編集長・大谷賢太郎が個展会場に蜷川さんを訪ね、インタビューしました。

大谷: 今日はお時間をいただきましてありがとうございました。私どものWebマガジン「エシカ」は毎月テーマを定めていて、たまたま来月は「境界線」というテーマを考えているのですが、今回の蜷川さんの写真のテーマにも偶然、境界線ということがあってビックリしました。蜷川さんの中で境界線というのはどういう位置づけなのでしょうか?

蜷川: 作品に関していうと、自分の生活だったり、自分の中から出てくるものに近いほど熱量が高くなって、例えば映画だとシンクロできる部分が多ければ多いほど、観てくれる人の熱狂度も違うというのが体感としてあります。ですから、いつも原作を探す時は自分と重なるところがある作品を選びがちですね。

これに対して写真は、対象物との境界線がどこまでなくなるかというのをずっとテーマにしています。それは言葉でのせるとか、コミュニケーションを取るということではなくて、写真を撮ることによって繋がることってすごくあるんですね。そこの境界線が崩れるほど、写真としての強度が強くなるので、ずっとそこを目指してやって来たんです。

でも、それはフィクションの中でそういう状況を作って、どこまでリアリティを持った本当の感情で撮れるか、現実と非現実の間のところで待ち合わせをしようみたいな気持ちで撮っているところもありました。今回は思いっきりリアリティのあるほうに振ってみて、でも、自分の中のリアルを並べてみたら、物語との境界線がすごく曖昧だということが気づきました。

そのほかに、最近大きく変わったことがあって。今まで私は創る人で、作品を観てくれる人がいて、創り手と観てくれる人はあまり一緒くたにしなくてもいいと思っていました。

逆に、それが礼儀だと思っていたし、ベストなものを命懸けで創って対価をいただいて作品を観てもらうという“プロフェッショナル至上主義”だったんです。時代の流れもそうだったと思いますし、ずっとみんなでやる、みんなに優しくということがキーワードだと分かっていましたが、私がやらなくてもいいかなと。どうしても作品の角が取れてしまうし、最後の最後まで抵抗ではないけれど、自分のやり方は他の人とは違うとずっと思っていたんです。でも、コロナの影響もあって、もう少しみんなで一緒にやることがあってもいいのかなと思うようになってきました。それが自分にとってはすごく大きな変化でしたね。

©Hiro Nagoya

大谷: それは何でですかね?

蜷川: 人として普通のことなんですけど、やっぱり大変な時って「自分のことは自分でするよ」って思うし、今までは自分でちゃんと立ち上がろうねって思ってたけど、よいしょって立ち上がるまでに、ちょっと気持ちを落ち着かせたり、立ち上がる元気が出る状態まで持って行かなくちゃいけないことってたくさんあるなと思って。おいしいご飯を食べてお腹が満たされたり、ゆっくり眠らないと立ち上がれないですし、そういうことのお手伝いが、もしかしたら、ちょっとだけならできるんじゃないかなと思い始めたんです。

アートやエンタメができることって、攻撃魔法とか回復魔法とか直接的なことではなくて、それをアシストする補助系魔法しか使えないと思っていて、立ち上がる元気を取り戻すために少しぐらいの補助はできるというか、手を差し伸べたり、少しだけ背中を押してあげたり。直接立ち上がらせることはできなくても、立ち上がってみようかな、頑張ってみようかなと思うきっかけというか、本当に小さなことしかできませんけど、そういうきっかけになれたらと思っていますね。

大谷: 今、ご飯を食べて、いい状態にならないと立ち上がれないというお話がありましたが、エシカの「私によくて、世界にイイ。~GOOD FOR ME,GOOD FOR THE WORLD」というグランドコンセプトを考えた時、そこには人にいいことをするにしても自分自身がいい状態でないとダメだよねという思いも入っていて、今の蜷川さんのお話は、そこにひじょうに近い考え方じゃないかと思いますね。

蜷川: それは共感できますね。

大谷: ありがとうございます。

蜷川: やっぱり人のためにだけやっているとどうしても続かなくなってしまうので、自分が元気じゃないとダメなんですよね。みんなはどうしたら喜んでくれるかなとか、みんなが少しでも楽しいことって何なのかなっていうことを考えるには自分がちゃんとしていないとできないので、まず自分を大切にするということがとても重要だなと思っています。

©Hiro Nagoya

大谷: 蜷川さんご自身もそうだと思うし、蜷川さんのファンの人も、それから、たまたまこちらに立ち寄って蜷川さんの写真を初めて見たという人も含まれるのかな、そういった人たちにこういったアートの力は、ある種のビタミン剤というか、そんな栄養素としての機能があると思います。特に今は大変な時なので、蜷川さんの撮った写真が人々を勇気づけるのではないですか。

蜷川: そういうふうに思ってもらえたら嬉しいですね。

大谷: 最近SNSが普及して普通の人たちが日常的に写真を撮ることが当たり前になりました。ある意味、プロフェッショナルとアマチュアの境界線がなくなってきた部分もあると思うのですが、その点、蜷川さんはどう思われますか?

蜷川: 私はプロフェッショナルって、「絶対に大丈夫だというクオリティの写真をコンスタントに出し続けること」だと思っています。いい写真って誰にでも撮れるんですよ。自分のお子さんの写真を撮るのはお母さんが一番上手でしょうしね。

ただ、たしかにアマチュアでもいい写真は撮れるんですが、それがどんな状況下でも、被写体が初めてお会いする人でも、あるいは撮影時間が数分しかなくても、きちんと依頼してくれた方々の「こんな写真を撮ってほしい」という要求に応えて、対価をいただくのがプロフェッショナルだと思っています。

私もインスタグラムはやっていますが、あくまで娯楽というか、インスタにあげている写真と作品としての写真はまったく別のものとしてとらえていますね。

大谷: 今回の写真集でいえば、敢えて東京をテーマにされたり、「写ルンです」でほとんどの写真を撮ったりと蜷川さんはつねに新しい試みに挑戦されていますが、今後はどんなことにチャレンジしたいですか?

蜷川: 結果的に新しいチャレンジだったねというだけのことで、私は新しいことにチャレンジしたい、フロンティアになりたいという気持ちはあまりないんですよ。男性は革命家になりたがるというか、そこにフォーカスされているような気がしますけど(笑)、私にはそういう気持ちはないんですよね。

逆にいうと、やっちゃいけないことというのが自分の中にはほとんどなくて、気がついたら、「あれ、これってもしかしたら一番最初にやったかも」とか、知らないうちにずいぶん挑戦的なことをやったなということばかりでした。

それよりも今はこういうご時世ですから、これをやっちゃいけないとか、みんなこういう空気感だからこっちに寄ったほうがいい、みたいなムードをなくしたいなと。もちろん人に迷惑をかけてはいけないんですけど、全てを自分自身の物差しで決めたいという思いがあるので、やってはいけないことを判断するネジもゆるいんです。だから、“これって蜷川さんが最初だったね”ということが結構あると思いますが、それはやってはいけないことのネジをいかにゆるめておくか、時代の空気をあまり感じすぎないというか、感じていてもそこに寄り添いすぎない、自分の芯をいかに持つかが重要かなと思っています。

とにかく私、“気づいたら一番最初”というのが好きなんです(笑)

Photo=Eijiro Toyokura ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

Photo=Eijiro Toyokura ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

大谷: では、最後の質問です。先ほども申し上げましたが、エシカのグランドコンセプトは「私によくて、世界にイイ。~GOOD FOR ME,GOOD FOR THE WORLD」としているのですが、蜷川さんにとっての「私によくて、世界にイイ。」とは何でしょうか?

蜷川: 私は自分がいい状態でいることが、自分の周りにいる人にもいい影響を与えると思っています。

大谷: 写真って、特に撮影する人のコンディションが表れそうですよね。

蜷川: そうなんですよ。いいものを創ることで、結果として誰かの気持ちを少しでも上向きにさせることができたらいいなあと思いながらやっています。一番最初に“誰かを救いたい”というような大義はなくて、まず自分がいいと真剣に思ったものを創ることがすごく重要で、それは誰よりも厳しい目で見ているつもりですが、自分に誠実に厳しく、でも楽しくというのが大事かなと考えています。

大谷: 今日はありがとうございました。

蜷川: こちらこそありがとうございました。

蜷川実花(写真家・映画監督)

木村伊兵衛写真賞ほか数々受賞。映画「さくらん」(2007)「ヘルタースケルター」(2012)「Dinerダイナー」「人間失格 太宰治と3人の女たち」(ともに2019)監督。Netflixオリジナルドラマ「FOLLOWERS」が世界190か国で配信中。映像作品も多く手がける。

2008年、「蜷川実花展―地上の花、天上の色―」が全国の美術館を巡回。台北、上海などアジアを中心に大規模な個展を開催し、動員記録を大きく更新するなど人気を博し、世界的に注目を集めている。2018年熊本市現代美術館を皮切りに、個展「蜷川実花展―虚構と現実の間にー」が2021年間で全国の美術館を巡回中。2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事。

聞き手:ethica編集長 大谷賢太郎

あらゆる業種の大手企業に対するマーケティングやデジタルの相談業務を数多く経験後、2012年12月に『一見さんお断り』をモットーとする、クリエイティブ・エージェンシー「株式会社トランスメディア」を創業。2013年9月に投資育成事業として、webマガジン「ethica(エシカ)」をグランドオープン。2017年1月に業務拡大に伴いデジタル・エージェンシー「株式会社トランスメディア・デジタル」を創業。2018年6月に文化事業・映像事業を目的に3社目となる「株式会社トランスメディア・クリエイターズ」を創業。

創業8期目に入り「BRAND STUDIO」事業を牽引、webマガジン『ethica(エシカ)』の運営ノウハウとアセットを軸に、webマガジンの立ち上げや運営支援など、企業の課題解決を図る統合マーケティングサービスを展開。

蜷川実花 新作写真集『東京 TOKYO』刊行

極彩色の首都高、東京タワーとスカイツリー、79人のトーキョー・ピープル、そしてTOKYOの日常と非常事態……。移ろいゆく街で30年間シャッターを押し続けてきた蜷川実花が、いま世界に発信する幻の2020年東京のルポルタージュ。90年代と現在の都市の横顔が交錯し、変わりゆくものと変わらないものが織り交ざり、この場所の過去と未来が浮かび上がる、空前絶後の芸術写真集。

・商品名:『東京 TOKYO』蜷川実花
・価格:3,960円(税込)
・仕様:B5変形 並製 256ページ
・出版社:株式会社 河出書房新社

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

ethica編集部

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