私のカンボジア滞在は、国際プログラムの一環であったので、毎朝決められた時間にロビーに集合してアンコール遺跡をはじめとした各地を訪れます。プログラムはアジア圏の大規模な学生交流プログラムだったので、参加者は引率者含め200人ほど。それでもその人数がゆうに入って、尚且つ静寂さを維持できるほど、ロビーは広く天井が高い場所でした。
そんな広大な場所で毎朝私は、一人の女性がひっそりと打楽器を演奏しているのを聴いていました。その女性は、伝統衣装に身を包み、木琴のような楽器を鳴らしています。その音色はコンコンと言うには柔らかすぎだし、ポンポンと言うには軽すぎる印象で、‶ホロンホロン″というのが適切なような気がします。重みのある音がこぼれ落ちていく感覚。バチが木を叩いた途端にその一部がポコッと外れて音になり、地表に落ちる前に空気と混ざり合っていくようなイメージです。
ただの木琴の音にしてはやけに広がりがあって、雑音がありません。ロビーが広すぎるが故に特有のリバーブ(反響)が生じていたのかもしれません。それにしても私にとって、その音はどうにも忘れがたいもので、200人の一部として動いていた私をそこから引き離して一人ぼっちにしてしまうような体験でした。事実、みなの集まる場所にいながら私の心はいつもそこに無く、ホロンと落ちていった音の先を追うように耳をすましていました。