レディー・ガガが愛用するヒールレスシューズの作者として注目を集め、今や世界的に活躍するアーティスト、舘鼻則孝(たてはな・のりたか)さん。カルティエ現代美術財団にて人形浄瑠璃文楽の舞台を初監督するなど、ファッションとアートの分野を横断した幅広い活動を展開しています。
今回は、舘鼻さんが展覧会ディレクターを務めるオンライン展覧会「江戸東京リシンク展 – 旧岩崎邸庭園で見るアートが紡ぐ伝統産業の未来–」(展覧会の紹介記事はこちら)の現地にethica編集長が訪れお話伺いました。
レディー・ガガが愛用するヒールレスシューズの作者として注目を集め、今や世界的に活躍するアーティスト、舘鼻則孝(たてはな・のりたか)さん。カルティエ現代美術財団にて人形浄瑠璃文楽の舞台を初監督するなど、ファッションとアートの分野を横断した幅広い活動を展開しています。
今回は、舘鼻さんが展覧会ディレクターを務めるオンライン展覧会「江戸東京リシンク展 – 旧岩崎邸庭園で見るアートが紡ぐ伝統産業の未来–」(展覧会の紹介記事はこちら)の現地にethica編集長が訪れお話伺いました。
大谷: 前回お会いしたのは表参道ヒルズ(東京都渋谷区)で開催された「舘鼻則孝 リ・シンク展」でした。2017年だったので、5年ぶりですね。今回は東京都との取り組みとしてオンライン展覧会「江戸東京リシンク展 – 旧岩崎邸庭園で見るアートが紡ぐ伝統産業の未来-」を開催されました。本展のコンセプトである「アートが紡ぐ伝統産業の未来」に込めた舘鼻さんの想いをお聞かせいただけますか?
舘鼻: 伝統産業というのは脈々と受け継がれて継承されているもので、今回参加してくださっている伝統産業事業者の持つ技、文化的・歴史的背景、さらには江戸時代から広く使われているものをただ単に現代にそのまま表現するというわけではありません。今回はアートがテーマになっているものなので、展覧会のタイトルにある「リシンク」つまり、過去を見直して現代にどのような意味や価値を持たせられるのかというのが、重要なポイントになると思っています。
大谷: 前回お会いした時は、舘鼻さん個人の展覧会としてのメッセージでしたが、今回は東京という都市を舞台に、そのメッセージを新たな場所から届けられているのですね。
舘鼻: そういう意味では、国の重要文化財の中で展示するということも重要なのです。鑑賞者の目線で言うと、明治時代に建てられた東京でも数少ない歴史的建造物の中で、このように現代アートとして伝統産業に関わる作品を展示するということは、その空間が内包する文化的な背景と作品が共鳴することで、東京都の価値ある文化を「リシンク」する機会になると思っています。
大谷: まさに今、舘鼻さんが取り組んでおられる「リシンク」というシリーズと、今回のこの場所は本当によくマッチしているなと僕は思っていて、今回は東京都さんも一緒に取り組まれているということで、江戸、明治、大正、昭和、平成、令和という6つの時代にまたがっている中、岩崎邸が買い取られる前は江戸の大名屋敷だったわけで、それを大事に使って、100年以上の歴史を背負った建物にまた新しいインスピレーションを加えていくというのは素晴らしいことだと思いますね。
舘鼻: さらに事業者の方々が内包している歴史は300年、技術や技法でいったらそれ以上古いものもたくさんありますし、そういうものがこのような形で現代にも残る歴史的な文化財としての岩崎邸で、さらに未来を見据えて新しいものづくりとして発表できるということには、とても大きな意義を感じています。
大谷: 今回、お声をかけていただいた時にSDGsマインドというのが、これももう1つの隠れたテーマとしてあるということでしたが、SDGsマインドについて舘鼻さんは今回どういうアプローチでディレクションされているのでしょうか?
舘鼻: コロナ禍でそういうことがさらに加速しているのかなと感じていますが、ものを生み出すという目線で言いますと、例えば材料であったり、さまざまなものを用いて0を1に替えたり、1を2にしたりする作業がたくさんあります。今回コラボレーションしている方々というのは伝統産業に携わっている事業者の方々なので、伝統工芸という目線で見ても決められた用途のあるかたちあるものも多くあります。それは用途に基づく理由があり、現代においても見直すべき価値があると思います。大量生産して大量消費するということではなくて、良いものを長く大切に使うきっかけになるような、長く使っていらっしゃる方が実際に日本にはいらっしゃるからこそ、300年以上も伝統の技が継承されてきたのだと思います。
大谷: それこそまさにサステナブルですね。
舘鼻: 例えば伊勢半本店の小町紅は、とても希少性の高い染料で、天然のベニバナの花びらから抽出された色素が用いられていて、もちろんそのベニバナも日本国内の限られた農家さんが大事に育てている貴重なものです。
大谷: 染料は江戸時代どころかもっと歴史がありますよね。
舘鼻: そうです。明治時代になると開国されてベニバナの染料ではなくて、洋紅と呼ばれるコチニールなどの染料が外国から入ってきて真っ赤なマゼンタみたいなものが出てきます。浮世絵に関して言うと、明治以前と以後とでは赤の色が全く変わるわけで、浮世絵を描いていた絵師はいわばアーティストですから、開国されて新しいものが入ってきたら使ってみたいと当然思いますよね。それで、新しい絵の具を使うような感覚でみんなが洋紅を使い出したので、その時代から一気に浮世絵の見た目が変わってきたのです。それでも、後に日本独自のものだと紅の染料も見直されて、江戸時代の浮世絵と明治以降の浮世絵の取引される現在の値段は何倍も違うのが当たり前の世界なので、言わば価値ある文化としても現代へ受け継がれているのです。
伊勢半本店に関しては、昔と同じ製法で小町紅を作作り続けている唯一の工房になってしまいましたが、今でもその当時のものを変わらず作り続けて口紅として使ったり、チークとして使ったりして、体につけるものだからこそ天然のものを今も使っているということは理由や意義のあることだと感じています。
大谷: 取材でもファッションやアートの世界の話はよくお伺いしますが、女性が使う口紅の話まで広がって読者も興味を持つのではないかと思いますね。
舘鼻: そうだと嬉しいですね。
大谷: 江戸時代の高下駄からインスピレーションを受けた「ヒールレスシューズ」をレディー・ガガさんが着目したという話もありますしね。伊勢半本店のことがこういった展覧会で紹介され、インターネットで配信されたら、海外の有名ブランドが小町紅を取り入れようかということも十分あり得ますよね。
舘鼻: あり得ますね。小町紅の玉虫色の発色というのはとても美しいもので、紅猪口と言うお猪口に塗られている状態の時には、玉虫色に発色をしています。それを水を付けた筆で溶くと赤く色が変化するのですが、海外の人たちには説明しても理解されないくらい不思議な現象に映ると思います。
大谷: SDGsもそうですけど、私たちは例えばエシカル消費とか、そういったものを9年間かけて取材しています。その中には当然、フェアトレードという話も出てきます。今回の展覧会はアートが切り口になっていますが、SDGsとかエシカル消費とかにクロスさせた時、舘鼻さんは、いいものとか意味のあるものの価値を作っていくことをデレクションされているから、そのストーリーに共感する人が増えて、それでブランドの紅が新しく発表されるということになれば、またそこに新しい雇用が生まれるということにもなりますね。
舘鼻: 表に見えている部分以上に、背景にはさまざまな生産者がいらっしゃいます。組紐だったら養蚕農家や、桑の葉を育てる農家など、どんどん広がっていくのが面白いですね。
大谷: 大量生産も大量消費も便利なので、全部を否定するわけではありませんが、これからテクノロジーが進化してそこはロボットが代わってくれると思うので、舘鼻さんのような方がコンセプトをディレクションして発信されて、本当に価値のあるものを絶やさない形でちゃんと収益を得ることができる仕組みが回るようになると、この先も伝統産業は残るのではないですかね。
舘鼻: 現代だからこそ見直すべきところがあって、もともと地域によってもさまざまなものが存在するのが、伝統工芸や産業です。例えば北陸だと高岡銅器など日用品や仏具になるようなものがあって、高度経済成長期からバブル時代には、そういうものの需要があったのですが、もともと伝統工芸や伝統産業は大量に作るようなものではなかったので、たくさんの需要が生まれたことで、バブル崩壊以降は工場を持て余して逆に冷え込んでしまいました。
現代的な生活の中で、そういう日本独自の用途のある芸術品、工芸品のようなものが見直されるタイミングが遅かったので今では厳しい状況だと思います。
大谷: コロナ禍の今こそマインド的にはいろいろなものの見直しのタイミングに入っているのではないかと思っています。そういう意味でも、たまたまコロナが発生しましたけど、見直すいい機会ととらえています。
大谷: 先ほどの紅の話でも、洋物が入ってきてそうなったということで、まさにこの洋館も同じですよね。和の素材も残しつつ、明治だから洋風建築です。
舘鼻: 明治だからこそ色濃くザ・洋館という形で残っているのが特徴的なところで、過去のリシンク展でも、例えば和敬塾という旧細川侯爵邸で開催したことがあります。その時は昭和初期に建てられた建築でしたが、基本的には洋館のしつらえでした。
その点、今回の旧岩崎邸には開国して入ってきた新しいものにすぐ飛びついたというよりは、少しエスタブリッシュメントされた要素があるのではないでしょうか。まさに英国のジャポニズム様式だったり、イスラミックのような加飾要素があったり、英国人建築家のジョサイア・コンドルの当時のこだわりが詰まっており、今ではこのような建築は建てられないですよ。
これは僕が常日頃から思っていることですが、日本人って編集するのがとても得意で、外から入ってきたものを自分たちなりに昇華させてきた上で今の生活様式があるように感じています。結果として、現代的な都市生活の中でも日本独自の価値観を残しつつ、現代的なスタイルが着物から洋装に代わっていったり、履物が下駄から靴に代わっていったりするのも早かった。それがしっかり自分たちの文化として成立しているからこそ、それをいわば再構築することによって生まれた日本の漫画や僕の作品もそうですが、海外で評価されたというのは、逆に日本人にとっては生活の中に自然に溶け込み過ぎているものもあって、価値に気づいていないということもあるのではないかと思います。逆輸入されることによって再認識させられて、古来の日本文化に目を向けるきっかけとなることもあるのではないかと思います。
大谷: 浮世絵を見て大きな影響を受けた西欧の画家がたくさんいます。まさにそういうことですよね。
舘鼻: ええ、そうだと思います。外国人が取り上げた日本感に日本人として驚かされることは多々あります。パリ万博がきっかけにもなりジャポニズムというムーブメントも起こりましたが、そういう部分が今また違った形で注目されるような発信が日本からもできるといいなと思っています。
大谷: 灯台下暗しじゃないですけど、僕は東京に住んでいて旧岩崎邸庭園にも今日初めて来ました。今コロナで海外や国内でも遠くには行けないけれども、自分の身近な半径を見てみると面白いプロダクトがあって、そこに紐づいたストーリーを知ると興味が湧いてくるということだってありますよね。
舘鼻: 普段から伝統工芸を扱っていて、創作するとなると北陸などの地方に行くことが多かったのですが、東京都との取り組みの中で伝統工芸や伝統産業って実は東京都内にもたくさんあって、私のような作家とコラボレーションすることで国内外の方にも新たな発見をしていただけるようなサイクルを生み出せているというのは、すごく嬉しく思っています。
大谷: 今のミレニアル世代とかZ世代といわれている若者たちは今、僕らが新たに開拓している読者なのですけど、彼らは生まれた時から携帯電話やインターネットがある快適な暮らしをしていて、もうこれ以上ものは要らないよという子たちなので、こういったアートとかストーリーとか、実は東京の再発見のようなことには、おそらく時間やお金をかけるのではない気がしています。
舘鼻: アートや工芸、エシカルなファッションもそうですけど、そこにお金を落とすという行為は、共感を表現するコミュニケーション手法の一部だと思うので、そういう視点で目を向けていただければいいなと思っています。
大谷: みんなの目がそういうところに向けば、企業も動きますからね。
舘鼻: そうなるとムーブメントになりますね。
大谷: このシリーズで試行錯誤とか苦労をされていることはありますか。
舘鼻: 僕らにとっても初めてやることが多い中で、継続してコラボレーションしてくださっている事業者の方とともに、新しいことができると信じて取り組んでいます。でも、最初の時点では必ずできるという確証はありませんし、その中でどうやってプロセスを踏んで作品化するかとか、アートとして表現できるかというところが表現者としてもチャレンジングなことだと思います。
ただ、過去から続いている古典的な手法を取り入れることは難しくないと思いますが、それでは新しい進歩や革新的なことには、つながっていかないので、僕が関わるのであれば、事業者の方にとっても僕にとっても、チャレンジになるような着地点を見つけて新しいことに取り組むということが一番だと考えています。
大谷: それでは最後の質問です。舘鼻さんは現代アート×伝統産業という、この新たな価値を作られていると思いますが、この先、どんな未来を期待されていますか。
舘鼻: 伝統産業もそうですが、特に伝統工芸には、先ほど申し上げたように用途のあるもの、生活に密着しているものが多いので、そういう部分をうまく生かして、ただ単純にオブジェを作るとかではなくて、何か現代に新しい提案ができるような取り組みにすべきかと思っています。
大谷: 今、新たな価値という質問の仕方をしましたが、逆にいいますと、舘鼻さんが取り組まれていることは、古来の文化のほうがイノベーションのヒントがあるということじゃないかと思うのですが。
舘鼻: おっしゃる通り、古いものだからこそ新しくアップデートできる可能性があり、革新が起こせる可能性があります。工芸分野の人間国宝の方とお話しさせていただいた時、伝統って聞くと古いイメージを持たれがちだけど、古いままだと伝統として継承され続けるということはないので、革新的なものが積み重ねられていくからこそ伝統と呼ばれるようになるということをお聞きして、そういう意味でもつねにチャレンジしていくことが重要なのだと思っています。
大谷: 今日はありがとうございました。
舘鼻: こちらこそありがとうございました。
江戸東京リシンク展 – 旧岩崎邸庭園で見るアートが紡ぐ伝統産業の未来–
展覧会(映像アーカイブ)
https://edotokyokirari.jp/exhibition/
江戸東京きらりプロジェクト オフィシャルサイト
舘鼻則孝
1985年、東京生まれ。歌舞伎町で銭湯「歌舞伎湯」を営む家系に生まれ鎌倉で育つ。シュタイナー教育に基づく人形作家である母の影響で、幼少期から手でものをつくることを覚える。2010年、東京藝術大学美術学部工芸科染織専攻を卒業。遊女に関する文化研究とともに、友禅染を用いた着物や下駄を制作する。「イメージメーカー展」(21_21 DESIGN SIGHT, 2014)、「Future Beauty」(東京都現代美術館 ほか国際巡回, 2012)、個展「呪力の美学」(岡本太郎記念館, 2016)、個展「It’ s always the others who die」(POLA Museum Annex, 2019)、
個展「It’s always the others who die」(POLA Museum Annex, 2019)、個展「NORITAKA TATEHANA: Refashioning Beauty」(ポートランド日本庭園, 2019)他、ニューヨーク、パリ、 ベルギーなど世界各地で作品を発表。また、2016 年3 月にパリのカルティエ現代美術財団で文楽公演を開催するなど、幅広く活動している。作品はメトロポリタン美術館、ヴィクトリア&アルバート博物館などに収蔵されている。
聞き手:ethica編集長 大谷賢太郎
あらゆる業種の大手企業に対するマーケティングやデジタルの相談業務を数多く経験後、2012年12月に『一見さんお断り』をモットーとする、クリエイティブ・エージェンシー「株式会社トランスメディア」を創業。2013年9月に投資育成事業として、webマガジン「ethica(エシカ)」をグランドオープン。2017年1月に業務拡大に伴いデジタル・エージェンシー「株式会社トランスメディア・デジタル」を創業。2018年6月に文化事業・映像事業を目的に3社目となる「株式会社トランスメディア・クリエイターズ」を創業。
創業10期目に入り「BRAND STUDIO」事業を牽引、webマガジン『ethica(エシカ)』の運営ノウハウとアセットを軸に、webマガジンの立ち上げや運営支援など、企業の課題解決を図る統合マーケティングサービスを展開。
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp
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