池袋PARCOがこの春リニューアルし、アートやカルチャーの新たな発信基地としても注目を集めています。今回は、池袋PARCOリニューアルの変遷とともに、キーワードである「ジェンダーレス」「エイジレス」「レースレス」「サステナブル」について、PARCO執行役員の溝口岳氏にethica編集長の大谷賢太郎がお話を伺いました。
池袋PARCOリニューアルの変遷――「駅ビル」ではなく、街における役割を考える
PARCO池袋店は、2022年春に大規模なリニューアルをしました。ここでは、PARCO執行役員の溝口氏のお話から、PARCOリニューアルの変遷やコンセプトについて紹介します。
まず渋谷PARCOといえば、渋谷の公園通りをイメージする人が多いかもしれません。それに対して、池袋PARCOを語るときに街をイメージする人は少ないでしょう。池袋PARCOのリニューアルを進めていく初期の段階で「駅ビルを意識するのをやめよう」という話になりました。実際には駅ビルという立地ですが、駅ビルという話から入るのではなく、池袋という街の話から入ろうと考え始めたのです。なぜなら、池袋はここ数年で大きく変わってきたし、これからも大きな変化を遂げようとしているからです。
「街に行くとどんなインスピレーションを受けるのか」ということから、池袋PARCOのあるべき姿を考え始めました。エイジレスやジェンダーレスだけでなく、国籍も超えて「レースフリー(race free)」な街の楽しみ方をイメージしていこうとしたのです。
2008、2009年頃から、都市の未来について考えていました。将来の池袋をイメージしてみると、たくさんの多様な人たちが楽しむことができる街になっているのではないだろうか。こうしたイメージが、池袋PARCOの考え方の起点にあります。駅ではなくて街という意識を大切にしています。最近の街の変化として、きれいな公園ができてきました。公園に入ると解放感があって、景色が変わったように感じます。午前中から若い女性たちがバギーカーを押して集まって、すてきな時間を過ごしている姿が見られるようになりました。若いミセス層や小さな子どもの姿が見えてきたのです。これは3~4年前のことで、この風景をみたときに「これから池袋は変わっていくのかもしれない」と思いました。
さらに別の視点では、池袋のある東京都豊島区の将来像として「国際的なアートやカルチャーのある都市を目指す」ことが掲げられています。新しい劇場などの文化施設が具体化するとともに、年齢や国籍に関係なくいろんなジャンルに関心のある人たちが集まってきてほしいという意向が見えてきました。そのなかに、アニメなどのポップカルチャーの聖地であるという姿も認識されつつあります。アニメカルチャーに集う若い人だけでなく、トキワ荘(※注1)文化のような自ら文化活動に参加したいという少し上の世代もいます。池袋には、そうした人たちの面白い拠点として発展していきそうな空気が感じられます。
池袋の街は、昔ながらの文化に根付くものだけでなく、公園などの都市機能から派生するものや、豊島区国際アート・カルチャー都市構想などの行政の動きもあります。そこに集う人たちはエイジレスやジェンダーレスであり、そしてレースフリー。多様な人たちが集まる拠点として池袋PARCOを考えると、どんなことをやってみるといいのだろうか。駅ビルという意識から離れて考えると、街はとてもすてきな変化を遂げようとしています。池袋という街の一員として池袋PARCOはどう腕を振るっていけばいいだろう。スタッフと一緒にこのように考えた結果、ひとつに考えがまとまりました。池袋PARCOの構想を考えて、この春グランドオープンを迎えました。
(※注1)トキワ荘……東京都豊島区にある、昭和を代表するマンガ家たちが青春時代・下積み時代に暮らしたアパートのこと。
キーワードは「ジェンダーレス」「エイジレス」「レースフリー」「サステナブル」
PARCO 池袋店のキーワードは、ジェンダーレスやエイジレス、そしてレースフリー。ほかの商業施設にはないコンセプトが話題を呼んでいます。その真相について、PARCO執行役員の溝口氏にethica編集長の大谷賢太郎がお話を伺いました。
大谷: 「ジェンダーレス」「エイジレス」「レースフリー」をキーワードに池袋PARCOのリニューアルを進めるなかで、具体的なターゲットやペルソナ(※注2)はイメージしていたのでしょうか。
溝口: 最近感じているのは、コロナ禍において「本物に触れたい」「本物を大切にしたい」だけでなく、「誰かに伝えたい」「誰かと分かち合いたい」という気持ちを日常的に抱いている人が多いということ。まず私たちは、この気持ちを意識することが大切だと感じています。これは一年前に各PARCOの店長に発信していたことです。その上で池袋PARCOのイメージを考えました。駅ビルの場合、会社帰りに友人と立ち寄られたり、おひとりでのご来店でも、自分のためだけでなく、大切な誰かのための消費であるかもしれない。どんなケースであっても楽しめるような場所にしたいと考えました。
(※注2)ペルソナ……サービス・商品の典型的なユーザー像
池袋PARCO本館の1階にはシフォンケーキ専門店「MERCER bis(マーサービス)」が入っています。列に並んでいる人を見ると、女性も男性もいる。列に並んでいる男性は、家で待っている大切なパートナーのために購入しているのかもしれません。私たちにとっては、女性だけでなく、男性に楽しんでもらうことも幸せだと思いました。
同じく本館1階には「Cosme Kitchen(コスメキッチン)」もあります。コロナ禍では、男性誌にオーガニックコスメが掲載されることが増えました。ある雑誌で紹介している男性向けオーガニックコスメやサプリメントのほとんどは、Cosme Kitchenで購入できるようです。Cosme Kitchenといえば女性向けの健康的に過ごすためのショップというイメージが強いですが、最近は男性も興味を持ち始めています。そこで入り口を広げて、「よろしければ男性もどうぞ」という雰囲気にしています。自分自身のためだけでなく、男性が女性へのプレゼントを選ぶ際にも利用できます。コロナ禍では、自分はもちろんパートナーをもっと大切にしたいと思う人も増えました。
こうした流れのなかで、ジェンダーレスやエイジレスというキーワードも入ってくる。年齢や性別でターゲットをつくるのではなく、「楽しいコミュニティの場を1階にご用意しました」という提案をしています。それこそが街のポリシーにつながるのではと思っています。池袋PARCOのコンセプトとペルソナがつながって、具体的なプロジェクトになっています。
トランスメディア・ストーリーテリング
大谷: コロナ禍では、読者のニーズの変化を感じています。ethicaでは健康志向の高まりを受けて「ethica beauty project」を進めているので、非常に共感しました。映画の手法として「トランスメディア・ストーリーテリング」というものがあります。これは、映画館に入る前から、視聴して出た後までストーリーが続いているということです。PARCOの場合も同じように、家を出てからお店でショッピングするまでストーリーが続いていると思いました。
溝口: リアル店舗での体験価値にもつながる部分ですね。先ほどの「駅ビルから離れよう」の話にも通じます。駅ビルの場合「人がたくさんいてチャンスがある」というのではなく、「来てもらうと楽しい」という目的を発信して、シナリオをつくるということ。お店に足を運ぶ前から、情報を集めてワクワクする。そして実際に訪れると、期待以上の楽しさがある。帰宅した後も、楽しかったという余韻とともに、リアルやSNSなどでその楽しさを共有できる。こうした流れができれば、池袋PARCOが街のなかの拠点として役割を果たせたといえます。
大谷: 渋谷PARCOでの実績もあるので、とても説得力があります。渋谷PARCOの場合、なぜあの坂を上って行くのかという理由があります。立地という意味では池袋PARCOはその真逆ですが、新しいリニューアルのストーリーができていますね。
共有価値のPARCOにしたい
溝口: 渋谷PARCOは、「ファッション」「アート&カルチャー」「エンターテイメント」「フード」「テクノロジー」の5本柱で構成し、それぞれミックスしたフロア編集で2019年11月にビルを建て替えて、「新生渋谷PARCO」としてリニューアルをしています。コロナ禍以前の2019年11月~2020年2月の間、業界関係者や社員なども含めて多くの人たちに、その楽しさを体感してもらいました。コロナ禍に入る前までの期間に、いろいろな気づきがありました。その気づきを掛け合わせて、池袋PARCOのイメージが見えてきました。コロナ禍では厳しい側面もありましたが、私たちにとってもお客さまにとっても、たくさんの気づきが得られたと感じています。PARCOは渋谷や池袋、浦和などにも店舗がありますが、考え方の入り口はすべて同じです。
大谷: リニューアルした渋谷PARCOを訪れたときに、令和時代の斬新な姿を見て印象深かったです。次の段階として、コロナ禍での発見はありましたか。
溝口: 昨年を振り返ってみると、いろんなチャレンジをしてきました。そのなかには私たちが企画したものもあれば、お客さまから声を掛けられたものもあります。例えば、ラグジュアリーブランドが本国からのオファーも含めてポップアップをしました。高単価にもかかわらず、主な購買者は20代男性でした。
コロナ以前にも、20代の男性の購入意欲には注目していました。コロナ禍ではモノが全体的に売れるという状況が少なくなっていて、こうした面がより際立ってきたと感じます。無駄な買い物はしないけれど、自分自身がいいと思ったものは買う。自分の手を離れたとしても捨てるのではなく、そのブランドの商品価値によって市場で流通し、大事にされていく。これは彼らの行動様式のなかに当たり前に根付いている。これはリニューアルした当時はわからなかったことですが、昨年1年間活動するなかで見えてきたことです。
彼らにとって何が大切で、何を大切にしたいのか。それが渋谷PARCOという場所を通して、実感できたことです。こうした気づきが、この春のリニューアルにもつながっています。
大谷: PARCOといえば、昭和の頃からファッションのイメージが強いです。私自身が学生だった頃はファッションに関心のある一部の方が、特別おしゃれだったのに比べて、近年は誰もが、こぎれいなファッションになってきたと感じています。コロナ以降は、ファッションに対する生活者のマインドの変化はありましたでしょうか。
溝口: ファッションは、アートやカルチャーと同じジャンルにあります。ファッションを通して自己実現をすると考えた場合、その自己とはどんなものなのか。たとえば、モノを大切にして慈しむということやいろんなカルチャーを理解するということ。最近古着の人気が出ていますが、これは多世代の文化に寛容になったり、ものを大切にする意識の表れであったりします。ファッションに対して、自分自身のニーズを表現できるものを、よりポジティブに受け入れていく。その軸のなかに古着のようなカルチャーもあるのではと感じています。
大谷: その意味でいえば、ターゲットが明確に見えてきたということですね。エイジレスという視点も新しいと感じました。
溝口: これまではPARCOといえば、若者文化の象徴というイメージが強かったと思います。私たちは年代で区切っているつもりはありませんでしたが、特に都心のPARCOでは若者に対してメッセージを発していたからかもしれません。誰にどんな役割を果たすのかという意味では、共有価値のPARCOにしたい。そのためのコミュニティを作れるかどうか。お客さまだけでなく、PARCOの社員に対しても共有価値を示していきたい。そう考えたときに、ジェンダーレスやエイジレスというキーワードが出てきました。
大谷: 共通価値という言葉が腑に落ちました。何でも「レス」になると無法地帯になってしまう。軸があるから成り立つというのは、とても納得感がありますね。いろいろなお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
溝口: こちらこそ、ありがとうございました。
株式会社パルコ 執行役員 溝口岳
1965年1月生まれ。1988年4月にパルコに入社。2008年3月に渋谷店店長に就任。以降、パルコやZERO GATEなど複数の開発案件に関わり、現在はマーケットクリエイション部、コンテンツ開発部、コラボレーションビジネス企画部、パルコ都市文化研究担当執行役員。
2014年2月のNYコレクション参加を第1回としたアジアの若手デザイナーインキュベートプロジェクト「アジアファッションコレクション」の運営にも携わる。
聞き手:ethica編集長 大谷賢太郎
あらゆる業種の大手企業に対するマーケティングやデジタルの相談業務を数多く経験後、2012年12月に『一見さんお断り』をモットーとする、クリエイティブ・エージェンシー「株式会社トランスメディア」を創業。2013年9月に投資育成事業として、webマガジン「ethica(エシカ)」をグランドオープン。2017年1月に業務拡大に伴いデジタル・エージェンシー「株式会社トランスメディア・デジタル」を創業。2018年6月に文化事業・映像事業を目的に3社目となる「株式会社トランスメディア・クリエイターズ」を創業。
創業10期目に入り「BRAND STUDIO」事業を牽引、webマガジン『ethica(エシカ)』の運営ノウハウとアセットを軸に、webマガジンの立ち上げや運営支援など、企業の課題解決を図る統合マーケティングサービスを展開。
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp