グローバルで活躍するサステナビリティのリーダーが集うコミュニティ・イベント「サステナブル・ブランド国際会議2022横浜(SB 2022 YOKOHAMA)」。ethicaはメディアパートナーとして参加しており、今年も数多くのセミナー、ディスカッション、ワークショップが繰り広げられました。今回は、パネルディスカッションにも登壇した永渕雄也氏(株式会社博報堂)に編集部がインタビュー。エシカル消費の現状と課題、ソーシャル・ポジショニング、エシカル消費の未来について、永渕さんに「ethica」編集長・大谷賢太郎がお話をお聞きしました。
エシカル消費の現状と課題
大谷: 「エシカルに関心はあるけれど、実際は購入しない」という層が多く存在することについて、現状や考えられる主な理由などについて教えてください。
永渕: いいことでもあり難しいことでもあると感じているのは、この5~10年の間に社会課題という言葉がブームとなり広がってきたということ。今回登壇したきっかけでもある「認定NPO法人フェアトレード・ラベル・ジャパン」は昔からしっかりと活動している団体であり、少しずつ活動を広げてきました。それに対して、社会課題と呼ばれるテーマは、短期間で一気に細分化されました。
たとえば、今日はアフリカの人たちを支援するためにチョコレート、明日は南米の人を助けるためにファストファッションを購入するという人も多い。社会課題への関心が高まっているのはいいことですが、その意識が続かない。結局、自分にとって何が大事で、何のために貢献していくのか。その判断が付かなくなってきています。
国外だけでなく国内でも社会課題が増えています。地球の裏側で正当な賃金をもらえていない人がいることを、具体的に想像できる人は少ない。それよりも、自分の身近なところで起きている問題を気にしている人が多い。こうしたものが同じレベルで語られるようになりつつあります。いろんな課題がフラットになり過ぎていて、優先順位が付けられなくなっている。誰も優先順位を付けることはできないはずですが、付けないと判断できなくなっている。そこに難しさを感じています。
情報大爆発の時代
大谷: 現在は情報量が多く、情報大爆発の時代になっています。情報の選別に慣れていない場合、情報量に埋もれてしまいますね。
永渕: 購入という目線で考えると、ネット通販が増えてきました。いかに安く購入できるかという競争になっている。せっかくフェアトレードのマークが付いていても、流通の場に置かれると、ほかの商品と値段で比較されてしまいます。これまでは消費者の購買行動において最も効率的または低価格であることが優先されて、社会課題が入り込む余地がなかった。この数年の間にコロナ禍による影響などもあって、一般の人たちも情報の真実性を見極める必要が出てきました。同時に、流通など売る立場に近い人たちが、商品を提供する理由や責任に関する情報を出していく必要も出てきます。こうすることで、価格が高いものでも購入する意味や理由が出てくる。この流れに期待したいと思っています。
大谷: コロナ禍では自宅で過ごす時間が増えたことにより、生活を見直す人が増えました。量よりも質を求める「ミニマリズム」という考え方も広がっています。
永渕: ものを選ぶ際に、自分にとって本当に必要なものかどうかを考え直すようになりました。それに伴って、売る側は「なぜこうなのか」や「この商品を出すまでにどうしてきたのか」を情報発信する必要が出てきました。以前は表に出ることが少なかったバリューチェーン全体について、苦労した部分や尽力した部分なども含めて、しっかりとストーリーを伝えていく。それを小売りやバイヤーさんが引っ張っていくような流れを作っていく。そういったプロセスの価値も含めて届けようとしているスーパーで購入すれば、無理なく自然に、社会課題と向き合っていくことができる。こうした仕組みをどう作るかが大切になってきています。
メーカーや流通の人たちに対しては、継続的に購入する人を増やしていくために、いまは「意識高い人」と呼ばれているような先行して理解ある生活者を応援することを提案しています。たとえば、金額だけでなく、CO2削減にどれくらい貢献できたのか。そのためには、メーカー側はもっと情報開示をして、流通の人たちと協力していく。「店頭でも、この商品にスイッチすることで、このくらい環境にやさしい暮らしができている」という変化が認識できるようにするということです。
大谷: 消費者にとっては、ポイントが付いたり評価が高まったりするような仕掛けも必要ですね。
永渕: 継続性のあるライフスタイルをどう埋め込んでいくのかが大切だと感じています。たとえば、お歳暮やお中元などほかの人に贈り物をするときに、プレゼントとしてエシカル商品を提案するのはとてもいいアイデアだと思います。そこに加えて、日々の暮らしで利用する「標準品」のなかにエシカル商品をどう組み込んでいくかも考えていきたいですね。
大谷: エシカルやフェアトレードは、まだ大きなマーケットになっていません。この2、3年の間に大手メーカーがエシカル商品を発表してきましたが、売り場が十分に確保できていないようです。
永渕: 大企業が取り組みを進めるのには、たくさんの時間がかかります。一年かかっても、お客さまから見ると小さな進歩しかないこともある。しかし、そうした歩みが必要になっています。小さな一歩だけどなくてはならない一歩に対して、どのように共感を集めていくのか。小さな一歩を踏み出すために、みんなで取り組む。そして、みんなが取り組んでいることに消費者が気づき、メディアに取り上げてもらうという流れが増えてきました。取り組みをオープンにしてつないでいき、共創型にしていく。私自身としては、そうした「橋渡し」的な役割が増えてきていると感じています。
大谷: 我々もethicaというメディアを運営しているなかで、今年は、店頭でのタッチポイント(企業が顧客と接する機会)を強化しようとしています。デジタルだけでなく、リアルでの配信にも力を入れています。サイネージも含め店頭をメディア化していくことは、エシカル商品との親和性も高いのではと感じています。小売の協力も、大切なキーワードですね。
永渕: たしかに売り場の影響力は大きいと思います。できるだけサステナブルにしたいというモードと、お財布の紐を大切にしたいというモードとの距離感をどう縮めていけるか。流通については、変える意味があると思います。「お得」といったキーワードは残しつつ、どれだけ社会課題につながるような行動へと変えていけるかを考えています。
ソーシャル・ポジショニング
大谷: 生活者とブランドとの関係を再構築する「ソーシャル・ポジショニング」を推進されていますが、どのようなアプローチが有効だと思われますか。
永渕: 企業は社会における役割を明確にしていかないと、選ばれない時代になっています。企業にはいつも「社会において何をする会社なのか」や「中長期にこの部分の課題解決をする」ということをしっかりと提示する必要があると伝えています。海外の企業は得意としている分野ですが、日本の企業は技術などの話が中心で細かくなり過ぎていて、大切な部分が伝わっていない。細かい部分によるブランディングではなく、コーポレート・コミュニケーション(企業が行うコミュニケーション)によりお客さまと握手していく。これは結果として、個別の商品を選ぶことにもつながります。
大谷: まさに、博報堂さんが得意としている部分ですね。
永渕: 社会課題が増えてくると、コーポレート・コミュニケーションの時代になりやすいと言われてるんですが、1970~80年代の公害問題をきっかけに発達し、2000年代のCSRを経て、2010年代以降は本業の利益にもつながるようなものになってきました。社会にいいことをしながら、本業の売り上げをどう高めているのか。社会のためであり事業を継続していくためにも、経営者と一緒になって描いていく。これは、時間はかかるし難しいことです。そのときにソーシャル・ポジショニングという視点が出てきました。その会社ならではの北極星をどう見つけるか。事業自体をどう見せていくか、そしてメディアにどのような応援メッセージを書いてもらうのか。そういう流れになってきていると捉えています。
大谷: PR戦略に長年携わっている永渕さんだからこその視点だと感じました。キャリアとしては、博報堂に入社されてからずっとPR畑にいらしたのですか?
永渕: 博報堂に入社してから数年間は、ストラテジックプラニングというカタチでマーケティングに携わっていました。その後、 TBWA \HAKUHODO というグループ会社に異動し、ストラテジーからクリエイティブまで統合的に取り組んでいました。その後、博報堂に帰任してからはコーポレート・コミュニケーションとしてPRに関わるようになりました。現在の肩書は、クリエイティブ・ディレクターです。ストラテジー(戦略)から始まって、コミュニケーション課題に対して広告とPRのどちらが向いているのかを見極めてアウトプットまで、取り組むようにしています。
エシカル消費の未来
大谷: エシカル消費は、今後どのように変化していくと思いますか。
永渕: これは難しい問いですね。エシカル消費という言葉自体にも、課題があるのかなと感じています。かつて話題になった言葉であるだけに、いま見ると時代を経てしまったような感じがします。エシカル消費の抱える課題をどうやって自分事にしていくのか。たとえば「サーフィンをするから水に関することは大切にしたい」など、どの領域であればほかの人よりも熱心に取り組めそうなのか。それが意識できると責任分担ができるようになり、社会課題が少しずつ改善されるのではと個人的には思っています。僕自身もキャンプとか山に行くことが多いので、森林など自然に対することは意識していきたいですね。
大谷: 現在は課題の細分化が進んでいますが、今後は企業も生活者も深堀していく段階に来ているのでしょうか。
永渕: 深堀していくほうが近道だと思っています。たとえば、車が好きな人は、車について責任が持てる範囲で考えよう、ということ。生活者にとって、マスメディアよりも、自分が好きな分野の専門家に言われたほうが理解しやすい。ファッションやアウトドア、音楽など、カルチャー(文化)が入ると、ライフスタイルは変わりやすいと思っています。
大谷: それぞれが深い内容に取り組んでいるからこそ、価値がありますね。
永渕: これからは各領域の専門家が活躍する時代になると思っています。社会課題の構造を変えようとした場合、コミュニティをどう引き付けていくかが大事になってくると思います。たとえば、海産物の課題であれば釣りやサーフィン、児童に関する課題があれば子どもの教育系のコミュニティが必要になってきます。一人ひとりが3、4つのコミュニティに関心を持って入れるように、どうマネジメントをしていくのかが問われています。
大谷: オンラインサロンやzoomなどいろいろなツールが登場しています。ソーシャルなコミュニケーション事例や今後取り組みたいことなどはありますか。
永渕: たとえばスケボーをしているようなストリートな人たちの場合、彼らにとっては有名になれるチャンスがあるけれど、一方では社会からは「商店街を壊す」といわれることもある。変わるチャンスがあるということは、協力してくれる可能性もあるということ。そういう人たちとのコミュニケーションを、誰がどういうモチベーションでまとめていくかが難しい場合もあります。現在取り組んでいるのは、そうしたコミュニティのリーダー格にある人と企業との対話です。コミュニティをリスペクトしながら、お互いの方向性をどう結び付けていくのか。協力してもらう上では、そのコミュニティにとってのメリットをどう見つけていくのか。難しさを感じることも多いですが、丁寧に対応するようにしています。
大谷: 最後に、エシカル消費を促していくためにethicaに期待することがあれば教えてください。
永渕: 頻度は少なくても構わないので、メディアリレーション(メディアと良好な関係を構築すること)のなかで応援してもらえると嬉しいです。大企業の小さな一歩は大きな影響力がある。その小さな一歩をフォローできると、企業で働く人たちのモチベーションが高まります。記事にならないような変化の積み上げによって、少しずつ社会は変わっていく。現場の様子を見ていると、形にならないままに一年が過ぎてしまうことも多々あります。
大谷: サステナブル担当者のバトンリレーをするのも良さそうですね。横の情報の連携にもなりそうです。
永渕: 企業によって特性も出るので、面白いかもしれません。ほかの企業が見て「わが社も取り組まなくては」という気持ちになる可能性もあります。熱心に取り組んでいる担当者の励みにもなると思います。ぜひ進めたいですね。
永渕 雄也(ながふち ゆうや)
博報堂 クリエイティブコンサルティング局 永渕チーム チームリーダー/クリエイティブディレクター
ストラテジックプラニング職として、博報堂入社。その後、TBWA \HAKUHODO、博報堂コーポレートコミュニケーション局、PR戦略局、統合プラニング局を経て21年より現職。
ACCグランプリ、JACE、JMA、PRアワードグランプリなどを受賞。
聞き手:ethica編集長 大谷賢太郎
あらゆる業種の大手企業に対するマーケティングやデジタルの相談業務を数多く経験後、2012年12月に『一見さんお断り』をモットーとする、クリエイティブ・エージェンシー「株式会社トランスメディア」を創業。2013年9月に投資育成事業として、webマガジン「ethica(エシカ)」をグランドオープン。2017年1月に業務拡大に伴いデジタル・エージェンシー「株式会社トランスメディア・デジタル」を創業。2018年6月に文化事業・映像事業を目的に3社目となる「株式会社トランスメディア・クリエイターズ」を創業。
創業10期目に入り「BRAND STUDIO」事業を牽引、webマガジン『ethica(エシカ)』の運営ノウハウとアセットを軸に、webマガジンの立ち上げや運営支援など、企業の課題解決を図る統合マーケティングサービスを展開。
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私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
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