国家プロジェクトともいうべき、文化庁の京都への移転。2023年3月27日の新・文化庁の業務開始を目前に、京都に本社を構える企業のトップ達はこの状況をどう受け止め、今後に向けてどのような想いを抱いているのだろうか。ethicaと日経ビジネスの共同企画として、実業界を代表する4人のキーパーソンにインタビューする全4回の連載シリーズ。第2回は、村田機械株式会社の代表取締役社長であり、一般社団法人京都経済同友会の代表幹事である村田大介(むらた・だいすけ)氏にethica編集長の大谷賢太郎(おおたに・けんたろう)がお話を伺った。
本連載の位置づけ
伝統文化や技術、自然との調和など、数多くの無形資産がある京都。IT分野の先駆者であるスティーブ・ジョブズは日本文化に深い関心を持ち、時折京都を訪れていたといわれている(※注)。ジョブズの例に限らず、京都にインスピレーションを受けた経営者や文化人は数多く存在する。京都には「伝統文化、自然や社会との調和」がもたらす「革新的なものづくり」の源泉があるのではないだろうか。そんな仮説をもとに、京都を代表する実業家を訪ねる本企画。全4回のうち、第2回は村田氏のもとを訪ねた。
村田氏が代表を務める村田機械は、グローバルに事業を展開する産業機械メーカーである。5つの事業を基軸として、機械のオートメーション=自動化・省力化を一貫して追求し、2020年に創業85周年を迎えた。5つの事業とは、繊維機械、ロジスティクス&オートメーション、クリーンFA、工作機械、情報機械であり、事業領域は多岐に渡る。こうした異なる事業を有機的に結合してユニークな自動化技術を編み出し、快適で便利な製品やサービスを提供していくことをビジョンとしている。
(※注)出典:NHKスティーブ・ジョブズin 京都
なぜ、京都に魅了されるのか?
前段のスティーブ・ジョブズに代表されるとおり、京都は世界中の多くの人たちを惹きつけている。では、村田氏にとっての京都の魅力とは。
――京都の魅力を挙げるとしたら、主にどんなことでしょうか。
京都では、人々の生活のなかに文化が生きています。特に産業と文化という面から京都を捉えると、これら2つが相互に支え合っているといえます。セラミックスや印刷、繊維、食品などの分野における伝統産業に根差した近代的な企業があり、1000年という歴史のなかで成長してきました。こうした企業が京都の産業を支えていて、京都の文化から生まれた産業がまた文化のなかに戻っていくという循環があります。こうした循環が、産業界から見た京都の魅力だと思います。
文化、観光、インバウンド
――京都には豊かな文化や観光名所があり、国内はもちろんのこと、日本文化に興味を持っている世界中の多くの人たちを惹きつけています。インバウンドという視点から、京都をどのように捉えていますか。
京都は多くの観光客が訪れる場所ですが、京都の産業は観光だけでありません。それは将来的にも同じです。一方で、多くの人が京都を訪れるということはとても大切です。現地での体験には、バーチャルにない魅力があります。京都の人々の生活との両立を上手に進めながら、開かれた街づくりを推進すべきと思います。
観光客によって京都の多くの人が恩恵を受けてきました。しかし、コロナ禍の影響を受けたこの2年間は、海外からの旅行者が大幅に減り大きな打撃を受けました。こうした状況のなか、今後新型コロナウィルスが収束し、インバウンドの復活に期待している人たちもいます。
京都に本社を構えていること、京都ブランド
――本社は京都にありますが、京都府に本社を構える魅力はどんなところにありますか。
京都は豊かな歴史と文化がある魅力的な地域です。そこに拠点があるということは、海外に向けて発信力の源になります。海外のお客様を迎える時に「京都に本社がある」と伝えると、喜んで来ていただけることが多いです。
また、京都には40もの大学があり、優れた人材に恵まれています。さらに、京都に住んでいるからこそできる発想というものもあります。このように歴史と文化に恵まれた場所に本社があるということには、多様なメリットがあります。Googleなどの海外の大手企業が京都に研究拠点を持ち始めていて、京都の企業はその理由をよく理解しています。
――海外の企業が京都に拠点を持ち始めているとのこと。京都には、歴史と文化からインスピレーションを受けるような風土があるのでしょうか。
言葉では明確に表現できませんが、心のなかでは何かを感じ取っていると思います。日々の生活と文化は密接に関わっていますが、日常生活のなかで文化を意識することは少ないかもしれません。しかし、文化を意識することで生活の質が変わってきます。
日々の暮らしと文化の関係はまた、日常業務と企業理念の関係に似ているかもしれません。全ての仕事において企業理念を意識して行動する社員は少ないでしょう。しかし、折にふれて企業理念を少し意識することで、仕事の中での行動は変わります。京都は目には見えない「文化」に気づく機会に恵まれていて、京都に本社を置くメリットはここにもあると思っています。
――京都が持つブランド力はどんなところにありますか。
毎日の生活や暮らしのなかに、京都らしさが溶け込んでいるということです。京都ブランドについては、簡潔にあるいは具体的に書き出せないところに本質があります。同じように、パリブランドやベネチアブランドという場合にも、その実態はとても曖昧なものでしょう。その土地の暮らしや歴史のなかで大切にしてきたことは、世界各地にあります。こうしたことを大切にしようというのがブランドであり、それがたまたま京都だったという話に過ぎないと思っています。京都ブランドを意識し過ぎる必要はないと思っています。
サステナビリティ―、調和
ethicaはエシカルライフに焦点をあてた日本初のwebマガジンであり、サステナブルな社会を考えていくために2013年に創刊した。ここでは「サステナビリティ―」「調和」というキーワードをもとに、村田氏の想いを伺った。
――京都には、伝統文化や自然との調和など、数多くの無形資産があります。貴社ではCSR活動において地域とのつながりを大切にしています。こうした活動を通して、伝統文化、自然や社会との調和について、どのように感じていますか。
地元のコミュニティとのつながりとして、京都市の施設「京都まなびの街 生き方探究館」内で小学生向け学習プログラム「京都モノづくりの殿堂・工房学習」を実施しています。そのなかで機械動作の基本である「からくり」を教材にした授業を開催しています。京都は「伝統と革新のまち」と呼ばれることがあり、伝統と新しいものとの調和を大切にしています。サステナビリティ―やSDGsの取り組みに関しては、「なぜ必要なのか」「何のために推進するのか」が重要です。この考え方は昨今話題になっている「パーパス経営」にもつながります。
SDGsには17の目標がありますが、それ自体が目標であってはならないと思っています。最終的に目指すのは人間の幸福感であり、人が幸せに生きる上での文化の存在と密接に関わっています。生活を豊かにすることが最終目標であって、そのための手段としてサステナビリティ―があり文化があると捉えています。
当社の企業理念では「社員ひとりひとりの幸せ」「豊かな社会の実現」を掲げています。これは、単なる物質的な豊かさを目指しているのではありません。本当の幸せや豊かさとは何だろうか。これは難しい問いではありますが、しっかりと考えていきたいと思っています。
ものづくり、イノベーション
前段のスティーブ・ジョブズの例に限らず、京都にインスピレーションを受けた経営者、文化人は数多く存在する。では、村田氏の場合はどうなのだろうか。
――貴社では、顧客志向のシステムインテグレーターをオーダーメイドで提案するなど、常に新しい技術を創造しています。ものづくりのイノベーション(技術革新)という意味において、京都という土地柄はどのように関係していると思いますか。
伝統をつくるためには、革新が続かなくてはいけません。言い換えれば、伝統を紐解けば革新が出てくるということです。たとえば、京都には何度も宗教改革があり、京都の社寺のなかにはその要素が含まれています。
お客様が夢見る「現場」づくりに、日々の課題から得られた新しいソリューションで応じるためには、常に新しいものごとに挑戦していかなければなりません。そして、こうした意識を社員一人ひとりが持っていることが大切です。毎日の意識のなかにあるかどうかで、結果は必ず変わってきます。ここに京都で仕事をする意義や、イノベーションがあると考えています。
新・文化庁に期待すること、自らの抱負
最後に、文化庁の京都への移転に際して文化庁に期待することと、京都の文化醸成にどのように貢献していきたいかについて、京都経済同友会の代表幹事としての立場から村田氏の考えを伺った。
――新・文化庁に対して、どんなことを期待していますか。
文化は、日々の暮らしのなかに息づくものです。それが意識されることで、個人と文化の結び付きが強まります。文化庁の移転が、こうした意識の醸成のきっかけになることを期待しています。京都から世界に向けて日本の文化が発信されることに対して、京都で暮らす私たちは誇りと責任を感じるべきだと思っています。文化庁は京都のために移転してくるわけではありません。しかし、文化庁の移転が私たちの意識にプラスに作用することを願っています。
――京都経済同友会の所属企業と文化との結びつきについて、どのように感じていますか。
文化との結び付きは、企業だけでなく、経営者を含む個人にとっても重要な意味があります。現在、メンバーが個人として参加する経済同友会では「文化と経営の研究委員会」を設けています。各会員が文化を意識することで、経営の糧(かて)となるものを得る可能性について考えています。
企業のミッションやパーパスの最も基本にある人間の幸福観は、人が幸せに生きる上での文化の存在と密接に関わっています。日常に埋没するなかで、その関わりを自覚する機会は決して多くはありません。しかし、一人ひとりの生活や仕事のなかでの気付きや意識を少しでも高めることで、企業経営の質は改善されると考えています。
――文化庁の京都移転にあたり、京都の文化醸成に対してどんな動きをしていきたいですか。
文化庁が京都において政策を考え、京都に関係者を集めて議論を尽くして決定し、それを京都から世界に向けて発信する。こうした一連の仕事をできるだけ可視化して、京都の住民たちに伝えていただきたいです。文化は一人ひとりの生活や仕事のなかに根付くものですが、企業やまちや国にとっては戦略的な意味も持ち合わせています。
これからの日本の文化政策がどうであるべきであるのか。そして、自分たちがそこにどう関わっていくのか。個人として、企業として考えていきたいと思います。
――文化庁の京都移転後の展望について、お聞かせください。
文化に関連するさまざまな国際会議が京都で開かれ、各国のイノベーション拠点が京都に設けられています。日本の文化政策の決定と文化の発信の両面から京都の存在感が増し、そのことが地元の企業や市民に実感されるようになることを願っています。東京・霞ヶ関には「地元」と呼べるものがないと感じていますが、新・文化庁には京都という地元があります。国家の政策が東京で集中的に決定される過程において、国民の日々の暮らしの目線が加わることで、より優れた政策の可能性が広がれば素晴らしいと思っています。
取材を終えて
京都では人々の生活のなかに文化や考え方が根付いていて、そこに大きな魅力がある。伝統と革新のまち・京都に身を置いて、常に新しいことに挑戦していきたいと話す村田氏。文化庁の移転に際しては、個人と文化との結びつきが強まることを期待するとともに、個人として、企業としてどう関わっていくのかを考えたいと胸の内を語っていただいた。
文化を意識することで生活は豊かになり、企業理念を意識することで仕事の質は向上する――。目先のことにとらわれるのではなく、物事の本質を考え続ける村田氏の在り方に刺激を受ける人は多いだろう。多様なつながりを大切にしながら、素晴らしい未来をつくるために村田氏は今日も走り続けている。
村田大介(むらた・だいすけ)
1961年京都府生まれ。1984年一橋大学経済学部卒業。京セラ株式会社に3年間勤務後、1987年村田機械株式会社に入社。1990年スタンフォード大学経営学修士課程修了。情報機器事業部長、ムラテック販売株式会社販売本部長、繊維機械事業部長、物流システム事業部長を経て、2003年同社代表取締役社長に就任。
京都経済同友会 代表幹事、日本繊維機械協会 会長、日本物流システム機器協会 副会長、ビジネス機械・情報システム産業協会 監事、京都工業会 理事、SEMI International Board Member.
聞き手:ethica編集長 大谷賢太郎
あらゆる業種の大手企業に対するマーケティングやデジタルの相談業務を数多く経験後、2012年12月に『一見さんお断り』をモットーとする、クリエイティブ・エージェンシー「株式会社トランスメディア」を創業。2013年7月に投資育成事業として、webマガジン「ethica(エシカ)」を創刊。2017年1月に業務拡大に伴いデジタル・エージェンシー「株式会社トランスメディア・デジタル」を創業。2018年6月に文化事業・映像事業を目的に3社目となる「株式会社トランスメディア・クリエイターズ」を創業。
創業11期目に入り、自社メディア事業で養った「情報力」と「アセット」を強みに「コンテンツ」「デジタル」「PR」を駆使した「BRAND STUDIO」事業を展開するほか、エシカルでサステナブルな世界観、ライフスタイルをリアルに『感動体験』する場を展開。
文:松橋佳奈子
早稲田大学理工学部建築学科卒。企業とNPOにてまちづくりの仕事に携わり、バックパッカーとしても35カ国を訪問・視察し、世界各地の風土と食文化について考察を深める。登録ランドスケープアーキテクト(RLA)と国際薬膳師の資格を取得。現在は「ethica(エシカ)~私によくて、世界にイイ。~ 」の他、食やエシカル、ソーシャルビジネスについての執筆活動を行っている。
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp