グローバルで活躍するサステナビリティのリーダーが集うコミュニティ・イベント「サステナブル・ブランド国際会議2023東京・丸の内(SB 2023TOKYO-Marunouchi」。ethicaはメディアパートナーとして参加していて、数多くのセミナー、ディスカッション、ワークショップが繰り広げられました。この記事では、株式会社日本旅行、株式会社知床グランドホテル/株式会社知床プリンスホテル、吉田屋山王閣が参加した「Afterコロナ時代に期待されるツーリズム~将来を見据えて取り組む、地域と密着した滞在型ツアープログラム開発」と題されたセッションから、椎葉 隆介氏(日本旅行)がファシリテーターを務め、桑島 敏彦氏(知床グランドホテル/知床プリンスホテル)と吉田 有志氏(吉田屋山王閣)がパネリストとして参加したディスカッションをレポートします。(記者:エシカちゃん)
観光業の未来
椎葉: このセッションのテーマは、観光業の未来です。地域や地域で活躍する人材をどのように育てていくのかを考えていきたいと思います。
私は日本旅行の事業共創推進本部に所属し、SDGsに関するさまざまな観光事業に携わっています。まず、昨今の観光業の現状についお話します。2020年の新型コロナウィルスの感染症拡大防止として、インバウンドの外国人の旅行者数が大きく減少し、約400万人まで減りました。
コロナがもたらした変化は大きく3つあります。ひとつ目は、チケットの電子化など非接触型のサービスが向上したということ。次に、密を避けた個人・少人数旅行や近隣地域内での観光の増加があります。最後は、キャンプなどのアウトドア活動への需要の高まりです。全体的な変化としては、地域に密着し地域の方々との交流を楽しむ傾向にあるといえるでしょう。特に、令和時代にはこの傾向はより強くなっていくと考えています。
こうした観光客を受け入れていくために、地域側も体制を整えていく必要があります。感染症や災害時に観光業が縮小しないように、人材を育成していきたいと考えています。そのポイントとして、観光業に携わる人たちだけでなく、学校や行政機関などさまざまな人たちと一緒に体制づくりをすることが大切だと思っています。
こうした背景を踏まえた事例として「地域が連携して取り組む加賀温泉郷を探究するワークブックづくり」と題して、吉田さんにお話をお聞きしたいと思います。
地域が連携して取り組む加賀温泉郷を探究するワークブックづくり
吉田: はじめに、加賀市の教育ワークショップに取り組むようになったきっかけについてお話したいと思います。2020年以降は、新型コロナウィルス感染拡大により修学旅行が中止・延期になるケースが多発しました。しかし、修学旅行自体がなくなるわけではなく、学校の先生や保護者からの声もあり「学ぶ要素がある修学旅行」へと少しずつ移行してきました。
2024年春に北陸新幹線が敦賀まで延伸すると、首都圏から加賀温泉郷まで直通でアクセスできるようになります。こうした状況を踏まえて、加賀市の地域資源を生かし、首都圏の学生が学べる素材を整理しました。加賀市の地域資源には、加賀温泉郷の温泉文化や北前船文化、九谷焼や山中漆器などの伝統文化、SDGs未来都市加賀などがあります。
今回制作したワークブックは、こうした地域資源について学べるようになっています。加賀の魅力を紹介するページと学生の学習用のページで構成されていて、ワークブックと一緒に、動画の制作も行いました。
ワークブックを制作することで、加賀市(行政)と教育(学校)、観光事業者、そのほかの産業との連携が深まりました。また、加賀市の魅力を整理したことで、地域の子どもたちも活用できるような教材になりました。さらに、地元の高校生にも協力をしてもらい、加賀の魅力を新しい視点から発見することができたと感じています。
椎葉: 現地を訪れたときに、ホテルの人たちが楽しそうに語る姿が印象的でした。楽しみながら取り組みに参加できるといいなと感じました。次は、加賀温泉郷のワークブックづくりについてお聞きしますが、自分たちの地域が教材に変わるというのはどんな感覚ですか。
吉田: 加賀は、温泉や食、伝統文化などの観光資源がある場所です。しかし、それをどう発展させてお客さまを呼んできたかを考えてみると、そこにはたくさんの人たちが関わっています。今回のワークブックでは、先人の足跡に触れるような内容も盛り込みました。こうした先人の姿勢は私たちも受け継いでいきたいと思います。
椎葉: はじめは「このエリアに4つも温泉がある」ということに衝撃を受けました。それぞれの温泉は、どのように連携をしていますか。
吉田: これまでは「隣の旅館はライバル」という意識が少なからずありました。しかし、加賀温泉郷自体の客数が減っている昨今では、みんなで一緒に地域を盛り上げていこうという雰囲気になっています。共通の危機感が上手く作用していると感じています。ここには、2024年春に予定されている新幹線の延伸も大きく関わっています。
椎葉: 日本旅行でも新幹線の延伸に注目していて、地域を一緒に盛り上げていきたいと考えています。今回、地元の高校生にも活躍してもらっていますが、どんな印象を持ちましたか。
吉田: 観光事業者と高校生が連携して地元のPRを進めていますが、率直に「嬉しい」と思っています。地元の観光業に就職する人は少ないのが実情です。これをきっかけに、観光業を見つめ直す機会になればと考えています。観光業に就職しなくても、地域の素晴らしさや郷土愛を持ってもらえるといいですね。今後は、さらに深堀した連携をしていきたいと思っています。
椎葉: 従来の高校生との関わりは、修学旅行がメインでした。しかし、今回の事例から「地域づくりにおいても関わりが持てる」というヒントをいただきました。最後に、加賀温泉郷をどのような地域にしていきたいですか。今後の展望について、お話をお聞かせください。
吉田: これからの旅行では「交流」がキーワードになります。温泉や食などのさまざまな魅力はあり、地域の人たちが自分の地域に誇りを持てる地域だと考えています。今回活躍した高校生だけでなく、若い人たちにもそうした誇りを持っていただきたいです。微力ではありますが、そうした街づくりに関わっていきたいと考えています。
椎葉: 地域と連携した素晴らしい取り組みですね。私たちも一緒になって盛り上げていきたいです。
知床発『サステナブル・トラベラー』を育てる教育旅行コンテンツ開発
椎葉: 続いて、「知床発『サステナブル・トラベラー』を育てる教育旅行コンテンツ開発」と題して、桑島さんにお話をお聞きしたいと思います。
桑島: 知床は、2005年に世界自然遺産に認定されました。流氷が育む豊かな海洋生態系があり、貴重な動植物に出会える場所でもあります。ネイチャーアクティビティが多いのが特徴です。そんな知床で現在の課題となっているのが、観光客と野生動物の過度な接近や知識不足による餌やりやゴミ放棄の問題、それが引き起こす生態系への悪影響です。
こうした状況を受けて、生態系を傷つけることなく120%知床を楽しむための素材開発と、通過型教育旅行からの脱却として、知床発「サステナブル・トラベラー」の育成を行うことになりました。この一連の取り組みにより、知床を「レスポンシブルツーリズム」の実践地域にしたいと考えています。レスポンシブルツーリズムというのは、旅行者も一定の責任を担う新たな観光のあり方です。知床に住む人々と観光客が一緒になって、美しい知床の自然や生態系を守っていくことを目指しています。
コンテンツ内容としては大きく3つあり、旅マエ・旅ナカ・旅アトに分かれています。具体的には「事前学習を補助するDVDの作成」「知床の観光コンテンツの掘り起こしとサステナブルトラベルとの紐づけ」「認定システムを作り、楽しく学べるベースを作る」となっています。
知床では1977年から始まった「しれとこ100平方メートル運動」など、さまざまな取り組みが行われてきました。過去から現在に至るまでの一連の取り組みを知ることで、未来について考えたいと思っています。知床は、最初から自然豊かでサステナブルな土地だったわけではありません。知床を事例に学習することで、自分の地域で何ができるかを考えるきっかけになればと思っています。
旅ナカ学習の全体構成として、具体的な旅行日程案も提案しています。SDGsでは6つの項目に該当していて、特に11-4「世界の文化遺産や自然遺産を保護し、守っていくための努力を強化する。」に力を注いでいます。また、熊を守るための活動「クマ活」を行っていて、プロモーション動画を制作しました。今年で3年目になりますが、少しずつ活動の輪が広がっています。
今後の取り組みとしては、地域の観光事業者と連携しながら内容をさらに構築していくことと、旅のストーリーを意識したプロモーション活動、クマ活などの取り組みの理解促進を行っていきたいと考えています。
椎葉: 私も現地を訪れてクマ活に参加しましたが、地域の方々と楽しむような旅行をしたいと感じました。クマ活は誰の発案で始まった取り組みでしょうか。
桑島: 私たちのホテルは1960年に創業し、2020年に60周年を迎えました。60年を迎えるにあたり「地域に恩返ししたい」「包括的な取り組みがしたい」という気持ちがありました。そこで、知床財団の人たちに「地域で困っていることはありますか」と尋ねたところ、「ヒグマから街を守るために草刈りをしてほしい」という言葉が返ってきました。これがクマ活のはじまりです。
椎葉: こうした取り組みを地域全体に広げていく上で、コツがあればぜひ教えてください。
桑島: 小さなことからスタートすることです。何かを始めると、少しずつ輪が大きくなっていくと思います。今年はエリア以外の人たちにも声をかけていて、取り組みをさらに広げていきたいと考えています。
椎葉: 桑島さんから知床の展望についてお話いただけますでしょうか。
桑島: 社内では「知床は何のためにあるのか」という話をよくしています。そこで出てくるのは「自然の認知度を上げるべきエリアである」ということです。中長期的には、自然への知識「ネイチャーリテラシー」が上がって、旅行者の行動が変容するようなエリアにしたいと考えています。そのために、ブランディングやPRをはじめ、レスポンシブルツーリズムに向けた取り組みを全体的に進めていく必要があります。
椎葉: 日本旅行ではSDGsの達成に向けたさまざまな取り組みを進めていて、おふたりのお話には共感する部分がたくさんありました。2030年に向けて、日本旅行としても旅行業界としても、取り組みを積極的に進めていきたいと思います。本日はありがとうございました。
今回の「サステナブル・ブランド 国際会議2023東京(SB 2023 TOKYO)」レポート記事は如何でしたでしょうか。
注目すべきセミナー、ディスカッション、ワークショップの様子を引き続きethicaで連載していきますので、お楽しみに!
バックナンバーはこちらからご覧頂けます。
※本記事は2023年2月15日時点の内容となります。
記者:エシカちゃん
白金出身、青山勤務2年目のZ世代です。流行に敏感で、おいしいものに目がなく、フットワークの軽い今ドキの24歳。そんな彼女の視点から、今一度、さまざまな社会課題に目を向け、その解決に向けた取り組みを理解し、誰もが共感しやすい言葉で、個人と世界のサステナビリティーを提案していこうと思います。
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
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