【ethica Traveler】新潟の美人林でサステナブルダイニングと湯治の湯を体験
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【ethica Traveler】新潟の美人林でサステナブルダイニングと湯治の湯を体験

「私によくて、世界にイイ。」をコンセプトに2013年に創刊した『ethica(エシカ)』では、10周年を迎える節目にあたり、エシカルでサステナブルな世界観、ライフスタイルをリアルに『感動体験』する場を特集しています。

今回は新潟県の十日町市、松之山へ。日本三大薬湯の一つでもある湯治で名高い松之山温泉をはじめ、ミシュランスターを獲得する有名店のシェフたちが集まって一年に一度催されるサステナブルなダイニングなど、ethica編集部一押しの旅のプランを取材してきました。

雪と共に生きてきた新潟の先人たち

「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」。

かの有名な一文から始まる『雪国』を書いたのは、日本で最初にノーベル文学賞を受賞した文豪・川端康成です。ここでのトンネルとは、上越線に開通した全長十キロ弱の清水トンネルのこと。上は現在の群馬県である上野国、越は現在の新潟県である越後国で、川端康成がトンネルの向こうに見た銀世界は新潟県であることが分かります。この清水トンネルが縁で川端康成は越後湯沢を訪れるようになり、『雪国』の連載へと繋がるのです。名高い文学からも垣間見られるように、新潟県は雪の多い地域です。

中でも十日町市のある魚沼(うおぬま)地方と頸城(くびき)地方は一番雪が多く降る豪雪地域にあたります。日本海でわきあがった水蒸気が、東側に位置している越後山脈の上空で冷やされ雪となって山沿いに降りてくるからです。過去最高の積雪記録は、昭和20年2月26日の425cmとのことで、建物二階分に近い高さが完全に雪に覆われてしまうのですから驚きです。

旅の途中で訪れた、新潟県十日町市の日本三大渓谷「清津峡」。冬になると、こちらも一面の銀世界になるそう。

もちろん、豪雪による被害や苦労は数多くあるでしょう。けれどそれと同時に、長い時間をかけて先人から積み重ねてきた、雪と共に暮らす生活の知恵や工夫と、それを上手く利用した恩恵もあります。

例えば代表的なものに「雪まつり」があります。戦後(昭和25年)に初めて、札幌よりも早くに開催されたのが十日町の雪まつりです。雪国の暮らしを明るくするために、みんなが戸外に出て雪を楽しもうというねらいで十日町文化協会が主催したのが始まりです。目玉はなんといっても雪像のコンクール。この地方の雪は水分を多く含んでいて彫刻に適していたことと、基幹産業の織物で鍛えられた繊細な芸術表現とが生かされ、見事な彫刻をこしらえ人々に感動を与えたのです。

かたやその基幹産業の織物とは、雪国という自然の恵みが生んだ芸術と言われています。製造過程では、雪水での水洗いや雪さらしを行い、雪の上にさらされた麻の繊維は漂白されるとともに、布を一段としなやかにさせてくれるのだとか。その織物は縮(ちぢみ)といって江戸時代初期から高級夏着尺として重宝されており、越後縮の伝統を今に伝える小千谷縮(おじやちぢみ)と越後上布(えちごじょうふ)は今日、国の重要無形文化財に選ばれています。他にも十日町絣(かすり)、十日町明石ちぢみを含む六品種は通産省の伝統的工芸品の指定を受けるなど、全国屈指の優れた製織技術を今も伝承しつづけているのです。

他にも雪を天然の冷蔵庫として利用する「雪室」で貯蔵された特産物や、スキー場をはじめとするウィンタースポーツなど、雪を活用した観光資源は地域の人々の主要産業でもあります。

そんな新潟県の人々にたくさんの恩恵を与えている積雪が、昨今の気候変動と共に年々減少し、雪景色が変わってきてしまっているのだそうです。

気候変動で雪が減少しつつある豪雪地域の文化と景観を守りたい

そんな新潟の降雪量が減っていることを心配し、気候変動を食い止め、地域の伝統的な生活習慣と文化を守りたいと立ち上がったのが、十日町市で温泉宿を営んでいる柳一成さんです。「松之山温泉 ひなの宿 ちとせ」の代表取締役社長である柳さんは、まだ注目されていない地域の価値を再創造することと、気候変動へのアプローチの目的で、松之山温泉近くの樹齢約100年のブナの木々が広がる「美人林」に着目します。

Photo=Kentaro Ohtani ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

漢字では、木辺に無し、と書く「橅(ブナ)」は読んで字の如く、古くは何の役にも立たない、家具などの調度品や家屋の木材にも利用できない木として持て余されてきた過去があります。しかし、見る目を持ってその個性を観察すれば、実はブナの木の木肌は美しく、雨が降る中での景観も綺麗だという側面もあることが分かります。また今日では家具や、製紙に用いられるパルプの原料として利用されていたり、種子に多くの栄養が含まれていることから、その芽や実がサルやリス、熊、鳥など多くの動物たちの餌にもなっていたりと、さまざまな恩恵を授けているのです。柳さんもここに価値を感じたものの一人として、今ではこの地でサステナブルな取り組みを組み込んだディナーイベントを開催するようになったのだそう。

土地の自然の恵みを余すことなくいただくサステナブルダイニング

持続可能性を追求し、豪雪の中で自然と共存してきた里山の生き方から学ぼう、そんな想いを背景に、店もジャンルも越えて集まったさまざまなシェフたちの料理と共に開催されるのが、2017年から開催されているディナーイベント『松之山ダイニングin美人林』です。

佐々木 由美氏(シャンパーニュ・テルモン・ブランドアンバサダー)より、乾杯のご挨拶

2年前の開催からは、そのサステナブルな側面に共鳴したフランスのシャンパーニュブランドの「TELMONT(テルモン)」が名乗りをあげて共催し、地元の食材を使った創造的な料理にシャンパンのペアリングも楽しめるスペシャルなメニューとなっています。

今回2024年に開催された「Matsunoyama Sustainable Dining in 美人林2024」で参加している7名のシェフをご紹介します。

ニセコ「TAKAZAWA」高澤義明シェフ

西麻布「Ma Cuisine(マ・キュイジーヌ)」池尻綾介シェフ

「Signifiant Signifie(シニフィアン・シニフィエ)志賀勝栄シェフ

南青山「慈華」田村亮介シェフ

「乃木坂しん」石田伸二シェフ

酒の宿玉城屋 栗山昭シェフ

ひなの宿ちとせ 柳政道シェフ

見上げる高さのブナ林の中で、自然音に包まれたディナーの開催

会場となる美人林を訪れてみると、木々の擦れる音や耳慣れない珍しい鳥の鳴き声といった自然の音が広がる、静かで涼しい空間に包まれます。横長のテントが並び、屋外であることを忘れるほど整ったテーブルセッティングが並び、テルモンによるアップサイクルで作られたソイキャンドルが揺らめく光の中で良いムードが出来上がっていました。

「大自然」と「格式」が織りなす幻想的な空間。まるで、現実の世界から離れたかのよう。

近くのテント下ではシェフたちが各々の料理の準備の真っ最中。アウトドアにも関わらず、火や水を使い外で作業しているとは思えない設備が整っています。普段は見ることのできない、料理人たちの動きを間近で見ることができるのも一興です。

Photo=Kentaro Ohtani ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

ディナーメニューは一口サイズのアミューズからスタート。名物のへぎそばや地元で採れる野菜に加え、どじょうや熊の肉も出てくるから驚きです。

その後も、雪解け釣り天然鮎の炭火焼きや、近所の、まつのやま学園に通う子どもたちと釣ったザリガニやタニシ、イワナを使ったブイヤベースなど、珍しいメニューの数々が登場。コリコリした食感や、スープの濃厚な味わいの美味しさにまたも驚きます。

続いてサーブされたのは、南青山「慈華」の田村シェフによる鯉(こい)の料理です。初めて食べる鯉の身は柔らかく、ほろりとしていて甘じょっぱいソースの味付けが絶妙です。

Photo=Kentaro Ohtani ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

西麻布「Ma Cuisine(マ・キュイジーヌ)」の池尻シェフが創作したメイン料理の「松之山カスレ」湯治豚と打ち豆のトマト煮込みは、松之山温泉の地熱でやわらかく煮込んだ豚料理。松之山温泉は高温なことと、ナトリウムが配合されていて少し塩っぽいため、舐めるとしょっぱく感じるのが特徴です。その源泉でボイルして最後に焼き目をつけられた湯治豚は味付けの必要がないくらい素材のままの美味しさが感じられる逸品です。

締めには、質の良い水で炊いたほかほかのおにぎりと、伝統保存された干し柿のパネトーネ、無農薬の越後バナナのアイスクリームで大満足のフィナーレとなりました。

Photo=Kentaro Ohtani ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

そして、それら全てに最高の組み合わせとなるようペアリングされたテルモンのシャンパーニュは、始終、メニューの食材を引き立てながら、口と喉に爽やかな味わいを運んでくれました。

有機栽培の葡萄から造られる、光り輝き生命力に満ちたシャンパーニュ「レゼルヴ・ド・ラ・テール(オーガニック)」

特にブランドのフラグシップとなっている「レゼルヴ・ド・ラ・テール」は青リンゴのフルーティーさとミネラル感を伴う味わいで、ほんのり柚子の皮の味わいも混ざるところが和食とも親和性があり、さらには完全オーガニック(除草剤、殺虫剤、防カビ剤、合成肥料が一切不使用の)製造をされている品という点も嬉しいおすすめの一品です。

戦国武将も効果効能を期待していた 日本三大薬湯と言われる湯治の湯

今回のディナーでも調理に利用されていた源泉、松之山温泉は古くから、薬師如来を温泉守護として祭ってきた歴史があり、1千万年以上前に地中に閉じ込められた海の水“化石海水”が湧き出ていると云われていている、日本三大薬湯を冠した名湯でもあります。戦国武将として名高い上杉謙信は越後国を中心に北陸地方を支配していた戦国大名ですが、現在の新潟にあたるこの地の温泉を湯治湯として使っており、戦で傷ついた数々の身を癒してきたと今日まで伝えられています。

宿泊したお部屋の専用露天風呂。源泉掛け流しの湯は、まさに別格!

今回の旅で宿泊した宿、「松之山温泉 ひなの宿 ちとせ」もこちらの湯の温泉を備えています。実際に温泉に浸かってみると、まずその熱さに驚きます。源泉は沸点に近い95°近く。宿に引かれた時点でも75°はあるとのこと。ナトリウムが配合されているお湯は舐めてみると、海水ほどではないにしろほんのりしょっぱくて、浸かっているとすぐに汗が噴き出してきます。そのためお風呂の入り方としては、ほどよい熱さに調整した温泉に5分ほど浸かったら洗い場で湯冷めをする、というサイクルを繰り返すのがおすすめです。地元で取れた温泉水をたっぷりと飲みながら湯浴みを繰り返していると、身体のコンディションが整ってくるのを実感します。

松之山温泉 ひなの宿 ちとせ

https://chitose.tv

ウェルビーイングの実践にはまずは心身の健康が第一。湯治に浸かって地元の食材を味わうごとに、エネルギーが満ちてゆくのを感じます。旅をすることでその土地や暮らしへの理解が深まり、自分の知識や経験の引き出しが増えてゆくのもまた喜びです。

文:神田聖ら(ethica編集部)

【参考書籍・参考文献】

小野坂庄一,『図説 十日町小千谷魚沼の歴史』,郷土出版社,1998

本山幸一,『新潟県の合戦−小千谷・十日町・魚沼編−』 ,いき出版,2009

十日町市史編さん委員会,『十日町市のあゆみ』,十日町市役所,1998

石川県白山自然保護センター,『白山の自然史 2 ブナ林の自然』,

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