ファッション誌での編集長経験を生かして、ファッションやアートと、エコ、エシカルをつなぎ、「未来のラグジュアリー」を発信し続ける生駒芳子さん。日本の伝統工芸との運命的な出会い、そして、エシカルをテーマにした新しい時計「CITIZEN L Ambiluna」にかけた思いを語ります。
「目に見えない部分まで美しくあることがこそが美しい」
ーー「エシカル」に早くから注目し、ファッションジャーナリストとしての活動を通じて、その言葉や考え方、取り組みを日本に広めてこられました。きっかけは?
1990年代後半から地球温暖化が大きな問題となり、環境への意識が高まっていきました。私が追い続けてきたファッションの世界は、しかし、直接口に入れたり肌につけたりするものではないので、食べ物や化粧品などに比べてアクションが遅かった。2000年を過ぎたころからようやくフェアトレードやオーガニックコットンなどへの取り組みが進み、メディアも報じるように。私自身、今までのように半年ごとのトレンドを追いかけるのは何か違うんじゃないか、と感じ始めたのです。
実際に取材を始めると、たとえば児童労働や不当な賃金での労働、有害な物質を使って作られているものなど、これまで見えなかった部分が見えてきた。そして、「目に見えない部分まで美しくあることがこそが美しい」と強く思うように。人間であれば内側から、モノであればモノづくりのプロセスから美しくなければ、本当の美しさとは言えない。それこそがエシカルの考え方です。ファッションの中で私が追いかけるべき道はこれだと確信し、2007年ごろからエシカルファッションを追求してきました。
ファッションの経験と日本の伝統工芸をつなぐ、それがミッション
ーー日本の伝統工芸のプロデュースやコラボレーションにも積極的に取り組まれています。なぜ伝統工芸に注目したのですか?
2010年に金沢であったファッションコンクールの審査委員長を務めたとき、現地の方から「金沢の伝統工芸を見てほしい」と、加賀友禅と加賀繍、金属を叩いて作る象嵌の工房を案内されました。そこで職人さんたちの仕事を見て、雷に打たれたような衝撃を受けたのです。
仕事柄、ラグジュアリーブランドの上質なものをたくさん見てきましたが、それに引けを取らないほどの圧倒的なクオリティでした。ところが、職人さんたちは口を揃えたように「後継者がいない」「販路もない」「未来がない」と。日本にはこんなにすばらしいものがあるのに衰退してしまっている。なんとかしたい、でも、何をしたらいいのか見当もつかない……そんな気持ちを抱えて東京に戻ると、1本の電話がかかってきました。フェンディジャパンの社長が「ヨーロッパのクラフツマンシップと日本の職人とのコラボレーションをしたいから、協力してほしい」と。これは運命! と直感しました。1週間後には一緒に金沢の工房を回り、その技と美しさにすっかり魅せられた社長は、フェンディのバッグと金沢の伝統工芸とのコラボを即決したのです。
半年後には大手デパートのイベントで「フェンディ×加賀繍」のコラボレーションを紹介しました。実はその間に東日本大震災が起きた。「日本ってなんだろう?」「日本人のアイデンティティって?」と大きく揺さぶられ、そして、自分がこれからやらなければならないのは、これまで私がえてきたファッションの経験と日本の伝統工芸をつなぐことだ、そう瞬間的に思ったのです。そして、日本の伝統工芸を世界に発信するプロジェクト「Future Tradition WAO」を立ち上げました。出会って思わず「WOW(ワオ)!」と叫びたくなる、また、「和生(ワオ)=新しい日本の美意識を感じさせる」という意味を込めています。
ーーまるで導かれたように日本の伝統工芸と巡り会い、その世界を伝える活動を始められたのですね。
本当に不思議な感覚でした。大好きなアートとファッションは自分から追いかけ、自ら情報を取りに行った。でも、伝統工芸はポトっと上から落ちてきて、「やりなさい」と背中を押されたみたいで。まるでミッション。迷いは一切なかったですね。
日本列島には伝統工芸が宝の山のように存在しているのに、ブランディングができていない。そこを何とかしなくちゃいけない。埋もれているクラフトマンシップを掘り起こし、ファッションとつないでいく。ずっと準備を続けてきて、実は来年、ようやくそのプロジェクトが始動する予定です。
それとは別に、2013年に日本橋にオープンした三重県のアンテナショップ「三重テラス」のクリエイティブディレクターを務めています。伊勢志摩サミットのお手伝いをしたこともあり、地方に旅する機会が増えました。豊かな自然の中に身を置き、その魅力を知ったことで、「地方にこそ未来がある」と本気で考えています。東京と地方をつなぐ。それもまた私のテーマになりつつあります。
「エシカルな時計を作りたい!」。その情熱に動かされ
ーーエシカルがテーマのラグジュアリーウオッチ「CITIZEN L Ambiluna」のブランドアンバサダーを務められました。
2年前、シチズンのプロジェクトチームの女性の皆さんがいらして、「エシカルな時計を作りたいんです」と瞳を輝かせていたことは今もよく覚えています。日本最大手の時計メーカーであるシチズンが作るエシカルウオッチ、どんなものができるのか私もドキドキしました。意見交換をしているうちに、「エシカルにこだわるだけでなく、クリエイティブな時計にしたい」という強い思いが伝わってきて。そのとき私の脳裏に浮かんだのが、建築家の藤本壮介さんでした。
自然と共生してきた日本人の感性をもっともモダンな形で表現し、光や自然のざわめきといった非物質的なものを建築に宿す。藤本さんはそんな新世代の建築家です。そして、藤本さんの手がける建築作品にはサイエンスと詩的なものとが感じられます。デザイナーでも時計の専門家でもないけれど、これは藤本さんしかいない! シチズンの皆さんの賛同も得てお願いすると、藤本さんは快諾してくださった上で、「日本人ならではの光や時間への曖昧な美学を表現したい」と。
藤本さんのその考えを聞いて思い浮かんだのが、西陣織と漆でした。和紙に銀箔や金箔を貼り、それを糸状に細く裂いて織り込む西陣織は、ほのかながら上品な光にあふれている。漆も微細な光と輝きを放ちます。西陣織は老舗「細尾」の細尾真孝さん、漆玉は「坂本乙造商店」の坂本朝夫さんにお願いしました。お二人とも伝統工芸の世界では革新的なことに挑んでいる開拓者。伝統には革新が必要で、今、革新したことが未来の伝統になる。そう考え、私が手がけるプロジェクトは「Future Tradition WAO」と銘打っているのです。そういう意味では、「CITIZEN L Ambiluna」も間違いなく「未来の伝統」の一つと言えます。
ーーエシカルなラグジュアリーウォッチ「CITIZEN L Ambiluna」。どんな存在に育っていってほしいですか?
エシカルは、サスティナブル(持続可能)とトレーサブル(追跡可能)が大きな柱です。「CITIZEN L Ambiluna」はその2つの条件を満たしながら、女性にファッショナブルに楽しんでいただきたい。だから、西陣織を使った限定モデルには、バンドに使った西陣織のテキスタイルでバングルとクラッチバッグも作りました。機能的で体の一部のようなウェアラブルな時計が登場していますが、私の中では時計はジュエリーと等価なもの。だから、ファッションアクセサリーとしても使っていただけたらいいな、と。ジュエリーウォッチとして、多くの女性たちのファッションや毎日を輝かす存在になってくれたらうれしいですね。
未来のラグジュアリーはエシカルであることが当たり前になっていると思います。エシカルであること、つまり、地球や自然環境、未来のことを思いやること自体が本来の人間の豊かさで、それこそがラグジュアリー。エシカルの本質を形にした「CITIZEN L Ambiluna」は、まさに未来のラグジュアリーを象徴する存在になると期待しています。(後編へつづく)
ーーBackstage from “ethica”ーー
日本全国の伝統工芸や職人技は、最近ではむしろ海外でフォーカスされるシーンも多く、私たち日本人もその素晴らしさには気づき始めています。しかし、自分のライフスタイルに取り入れるのはちょっと難しい。そんな中、生駒さんは「ファッション」と結びつけ魅力を発信。ファッションアイテムとして楽しむ可能性と喜びを伝えています。キャリアを積んでもなお少女のように好奇心にあふれ、その目で見つけたものをセンスと行動力で時代が求めている形、さらには未来に花開く形へとアップサイクルさせていく。そんな生駒さんのお話は、今を生きる女性たちへのエールにも聞こえました。
生駒さんのアイデアで「CITIZEN L Ambiluna」に採用した漆玉を手がけた⽼舗「坂本乙造商店」は、ナショナルジオグラフィックチャンネルでも取り上げられました。
記者:中津海 麻子
慶応義塾大学法学部政治学科卒。朝日新聞契約ライター、編集プロダクションなどを経てフリーランスに。人物インタビュー、食、ワイン、日本酒、本、音楽、アンチエイジングなどの取材記事を、新聞、雑誌、ウェブマガジンに寄稿。主な媒体は、朝日新聞、朝日新聞デジタル&w、週刊朝日、AERAムック、ワイン王国、JALカード会員誌AGORA、「ethica(エシカ)~私によくて、世界にイイ。~ 」など。大のワンコ好き。
生駒芳子さんが監修した「CITIZEN L Ambiluna」のデビューイベントの様子をご紹介!
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)〜
http://www.ethica.jp