感性とロジックを掛け合わせるアイデアソン「茶ッカソン」が世界を変える 【編集長対談】 伊藤園・角野賢一さん(後編)
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感性とロジックを掛け合わせるアイデアソン「茶ッカソン」が世界を変える

「茶ッカソン」の仕掛け人、伊藤園の角野さん。「茶ッカソン」では、参加者が座禅を組む時間を設ける。

アメリカのシリコンバレーで始まった、日本の喫茶文化と精神を取り入れた画期的なアイデアソン「茶ッカソン」。前編に続き、「茶ッカソン」の仕掛人である伊藤園の角野賢一さんとethica編集長との対談をご紹介します。

「茶ッカソン」はスタートから今年で4年目を迎えました。そこから生まれたアイディアをもとに、インバウンド向けの観光マップを制作するなど、いま新たな展開を見せています。「『茶ッカソン』をいわゆるCSR活動のようにはしたくなかった」と語る角野さん。企業のこうした社会的・文化的な取り組みは、本来の企業活動にどのように還元されているのでしょうか。

消費者の美意識を培う長期的なブランディング

大谷: よく言われることですが、現代では、消費者の意識がモノからコトへ移行してきています。ミレニアル世代は物質的に豊かな環境に生まれてきました。いつでもどこでも、たくさんの商品の中から自分の好きなものを選ぶことができる。そうであるからこそ、商品が生まれる背景や付随するストーリーへの共感が重要になってきますね。「茶ッカソン」の取り組みは、伊藤園の商品に、新たなイメージをつくり上げているのではないでしょうか。

角野: そのプロダクトを持っていて、消費者がそれについて語れることは重要だと思います。「ねえ、みんな知ってる? これってこんな風に作られていて、こういうところにこだわっているんだよ」って。「茶ッカソン」はまだまだこれからですが、いずれ「伊藤園って『茶ッカソン』っていうソーシャルグッドな活動をやってるんだよ。だから自分はお茶を買うときは『お〜いお茶』を選ぶんだ」っていう風になったら嬉しいですよね。

例えば、ethicaさんの読者のような方が増えて、消費者の美意識というか、商品を選ぶ際のソーシャルグッドへの意識が国民全体として底上げされる。それって、実は世界を変えることですし、すごく重要なことだと思うんです。マインドの部分なので、成果としてはなかなか見えづらくて難しいですが。

「あるお客様にとっては、ペットボトルの飲料はコモディティかもしれません。 そんな中で、茶ッカソンなどの活動が、商品に親しみを持っていただくきっかけになれば」。 Photo=YUSUKE TAMURA (TRANSMEDIA)

大谷: 直接的なマーケティングではなく、長期的なブランディングということですね。御社には、「伊藤園お~いお茶新俳句大賞」という28年もの長い歴史を持った文化活動があり、「お〜いお茶」を手に俳句を楽しむという世界観を確立されていますよね。俳句の公募がビジネスに直結するかと言えば、必ずしも即効性はないかと思いますが、めぐりめぐって自社商品のファンを増やしていっている。

情報過多の時代ですから、もはや今の若い世代に押し付け型のコマーシャルは通用しなくなってきていると思います。それよりも、商品が持つストーリーや世界観への「共感」を喚起させる方が、これからの世代へのアプローチには向いているんじゃないかと思います。

「何かを伝えたいという気持ちの表れ。俳句には短い言葉の中に強いメッセージが込められていますよね」。 Photo=YUSUKE TAMURA (TRANSMEDIA)

伊藤園の「伊藤園お~いお茶新俳句大賞」は今年で開催28回を数えた。 Photo=YUSUKE TAMURA (TRANSMEDIA)

「応援したい」お客様こそ最高の営業マン

大谷: ethicaでは、これまで様々な取材を行なっていますが、全国的には知名度の低いローカルな話題を紹介した記事が、予想以上の反響を呼ぶことがあるんです。それはおそらく、その人物や活動に共感や期待をしている人たちが「応援したい」と思って、情報を積極的に拡散するからなんでしょうね。「茶ッカソン」を開催することで、伊藤園のファンは着実に増えているのではないでしょうか。

角野: 「応援したい」というのは、確かにあるんじゃないかと思うんです。「茶ッカソン」には参加者が「みんなで一緒につくっている」という和気藹々とした雰囲気があります。そこで参加者が伊藤園というブランドに対する親近感を持ってくれているようです。

僕は毎回、「茶ッカソン」の参加者全員が「100人の人に話したくなるようなストーリー」を作りたいと思っています。100人とまではいかなくても、毎回の参加者一人一人が誰かに「茶ッカソン」のことを話してくれれば、マスの広告とは別の広がりが期待できます。体験にもとづいた、気持ちのこもった言葉ですから。

「茶ッカソンの参加者から『茶ッカソンに参加してから、伊藤園の商品を買うようになった』というような話を聞くんです」。 Photo=YUSUKE TAMURA (TRANSMEDIA)

シリコンバレーで働く人々のライフスタイルに一石を投じた健康的なハッカソン

大谷: 「茶ッカソン」のレポートを拝見すると、参加者の皆さんがとてもリラックスした表情をしていました。「茶ッカソン」をシリコンバレーでスタートされた当時、こうした健康的なハッカソンのスタイルは画期的だったのではないでしょうか。

角野: 僕は何かやるなら、必ず独自性を出したいと思っています。通常のハッカソンというと、長時間にわたるロジックの戦いであり、ピザを食べてエナジードリンクを飲みながら。そんなスタイルが多い。それで僕は「茶ッカソン」では真逆のことをやったんです。

「茶ッカソン」では、最初に茶殻を再利用した畳の上で座禅をし、お茶を飲みます。やはり我々はお茶の会社ですし、味や健康面へのこだわりがありますので、食事も美味しくて体に良いものを用意します。鎌倉で開催したときなどは、鎌倉野菜を使用したオーガニックなランチを用意しました。

エナジードリンクを飲んで徹夜で長時間仕事をするよりも、お茶を飲んで健康的な食事をして、仕事が終わったら家庭での時間も大切にする、そういうライフスタイルって良いですよね、ということを「お~いお茶」を通じて提案したかったんです。実際、そういう健康面への意識を促すことで、シリコンバレーでの日本茶の需要を大きく伸ばすにも至りました。

「茶ッカソン」の取り組みは、シリコンバレーのエンジニアたちの間に日本茶を浸透させることにも。

畳の上で座禅を組み、五感を研ぎ澄ます「茶ッカソン」。数あるアイデアソンの中でも特異性を打ち出している。

感性を研ぎ澄ます時間、その傍らにお茶がある

角野: 僕は、感性(フィーリング)とロジックが掛け合わさったときに、本質的な新しいアイディアが生まれると思っているんです。今後さらに機械化が進んで、人間の業務がAIやロボットに移行されていったときに、われわれに何が求められるかというと、やはり良い感性を持つことだと思うんです。

だから「茶ッカソン」では、コンセプトにも掲げているように、余白をつくることを大事にしています。スケジュールも情報もギュウギュウ詰めの日常には限界があります。心に余裕をもって、自分の将来についてじっくり考えたり、他人の話に耳を傾け多角的な視点がもてる、そういうことができる人の方が、これからは必要とされるんじゃないかと思うんです。

今秋、佐賀県の唐津市で「茶ッカソン」を開催することが決まっているのですが、嬉しいことに、今回は唐津市の方からお誘いをいただいたんです。「茶ッカソン」のコンセプトやこれまでの取り組みを評価いただいたということで、「茶ッカソン」が一つのターニングポイントを迎えたと思っています。

ちょっと大げさですが、人の生き方に寄り添う、そんなマーケティングができたらな、と思っているんです。僕らが、皆さんの生き方をサポートする、皆さんが思う素敵なことをサポートする、そんなことが「茶ッカソン」でできたらな、と。

9月9日に唐津市で開催する茶ッカソンのテーマは「唐津市のまちづくりコンセプトを考えよう!」。 Photo=YUSUKE TAMURA (TRANSMEDIA)

「これ良くない?」誰もが素直に自分の気持ちを言える場所

大谷: 最後に、角野さんにとっての「私によくて、世界にイイ。」とは何でしょうか?

角野: 先ほど(前編)もお話したんですが、僕はインスパイアという言葉が好きで、この言葉を僕なりに日本語に意訳すると「『これ良くない?』をつなげていくこと」だと思うんです。人って、大人になればなるほど、素直な気持ちを出せなくなるんですよね。他人の評価を気にしてしまったりして。誰もが素直に自分の気持ちや考えを言える場所を「茶ッカソン」によって提供すること、それが僕にとっての「私によくて、世界にイイ。」じゃないかと思うんです。

相手を否定するのではなく、「なるほど、そういう考え方があるんだ。じゃあ、こうしたらもっと良くなるんじゃない?」とお互いに、より良いものを生み出していく。これは他人の受け売りなんですけど、「クリエイティブである」ということは、アイデアを思いつくことだけではなく、そのアイデアを実行していく自信を持っていることだそうです。そういった意味では、隣の人に「そのアイデアすごく良いね」と声をかけることは、誰かに自信を持たせることだし、その人をクリエイティブにする言葉であると思います。そんな言葉が少しずつ世界を変えていくことにつながっていくはずだと信じています。

カメラを向けられると緊張してしまうという角野さん。同席者に「何か面白いこと言ってください」と困惑しながら、最後は満面の笑みのベストショット。 Photo=YUSUKE TAMURA (TRANSMEDIA)

大谷: 「茶ッカソン」の活動とは、まさにそうした場をつくっていくことなんですね。素直に良いことは良いと言える場を作り、さらにそれが伝播し世界に広がっていく。ethicaのコンセプトにも通じる興味深いお話をうかがうことができました。秋の唐津での開催も楽しみですね。本日は、ありがとうございました。

聞き手:ethica編集長 大谷賢太郎

あらゆる業種の大手企業に対するマーケティングやデジタルの相談業務を数多く経験後、2012年12月に『一見さんお断り』をモットーとする、クリエイティブ・エージェンシー「株式会社トランスメディア」を創業。2013年9月に投資育成事業として、webマガジン「ethica(エシカ)」をグランドオープン。2017年1月に業務拡大に伴いデジタル・エージェンシー「株式会社トランスメディア・デジタル」を創業。2023年までに、5つの強みを持った会社運営と、その5人の社長をハンズオンする事を目標に日々奮闘中。

角野 賢一

株式会社伊藤園 広告宣伝部。2001年大学卒業後、株式会社伊藤園に入社。4年間のルートセールスを経て2005年に米・ニューヨークにて海外研修を受ける。2008年ITO EN(North America)INC.に異動。シリコンバレーにてIT企業のカフェテリアを取引先にするなど、新たな流通網を切り開く。2014年帰国。広告宣伝部にて、シリコンバレーで立ち上げた茶ッカソンを日本で展開している。

記者:松崎 未來

東京藝術大学美術学部芸術学科卒。同大学で学芸員資格を取得。アダチ伝統木版技術保存財団で学芸員を経験。2011年より書評紙『図書新聞』月刊誌『美術手帖』(美術出版社)などのライティングを担当。2017月3月にethicaのライター公募に応募し、書類選考・面接を経て本採用となり、同年4月よりethica編集部のライターとして活動を開始。関心分野は、近世以降の日本美術と出版・印刷文化。

ーーBackstage from “ethica”ーー

これまで、スーパーやコンビニで飲料を買うとき、メーカー名を意識することはあまりありませんでした。この取材の後、コンビニの店頭に行くと、「え、あれもそうだったんだ」「こんなのもあるんだ」と伊藤園の商品ラインナップの幅広さにびっくり。原稿執筆中は、すっかり伊藤園のドリンクのお世話になりました。いつか茶ッカソンにも参加してみたいです。

「茶ッカソン」の仕掛人に聞く 日本茶が生んだコミュニケーションとアイディア【編集長対談】伊藤園・角野賢一さん(前編)

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

松崎 未來

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