ケニアの母子支援活動が、自立的かつ持続的な事業に向け新たなステージへ 「創薬型製薬企業として社会とともに成長し続ける」塩野義製薬株式会社
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ケニアの母子支援活動が、自立的かつ持続的な事業に向け新たなステージへ

ワールド・ビジョン・ジャパンの木内真理子事務局長 Photo=Kawamura Masakii ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

塩野義製薬株式会社は、2015年10月よりアフリカ・ケニア共和国の母子支援活動「Mother to Mother SHIONOGI Project」(以下M to M)を行っています。このプロジェクトは、同社の「ポポン®S」シリーズの売り上げの一部や社員の寄付をもとに、ケニアにおける母子保健改善活動を進める取り組みで、国際NGO「ワールド・ビジョン」の協力のもとに進められています。活動を行っているナロク県イララマタク地域では、2016年11月に診療所を開設し、年間の来院数は2年間で2.5倍(開設前の2015年と2017年の比較)、出産件数が3.8倍になるなど、着実に成果を上げてきました。

今回、活動開始から約2年を経過した時点での進捗状況、並びに今後のプロジェクトの展開に関するセミナーが行われました。ここでは、そのエッセンスを紹介します。

なお、プロジェクト名は、ポポンSが総合ビタミン剤として日本の家庭の健康を支えていることから、社会の永続的な繁栄の基盤となる”子供”の健康を願い、日本とグローバルの”母”を応援する、というコンセプトに基づいています。

塩野義製薬でプロジェクトを統括する竹安正顕海外事業本部長(執行役員) Photo=Kawamura Masakii ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

プロジェクト事業地域の概要~厳しい生活環境で暮らすマサイ族の人たち

M to Mの活動が行われているナロク県はケニア西部のタンザニアとの国境にあり、事業地であるオスプコ郡イララマタク地域は人口約1万5,000人でマサイ族が居住しています。ケニアの妊産婦死亡率は10万人当たり362人(日本の約72倍)、5歳未満児の死亡率は1,000人当たり52人(同約20倍)となっています。

病院での出産が当たり前で、具合が悪くなればすぐ医師に診断してもらえる環境で生活している人間には想像もつかない数字ですが、直接的に比較するデータはないものの、イララマタク地域の母子保健環境はケニアの平均をさらに下回る状況と推定できます。例えば、保健施設(技能者付)での分娩率のケニア平均は62%であるのに対し、イララマタク地域は3.2%に過ぎませんでした(ケニア平均についてはKenya Demographic and Health Survey 2014、イララマタク地域については現地保健施設のデータに基づくイララマタク地域開発プログラムによる活動報告(ワールド・ビジョン・ケニア)による、以下同様)。

こうした背景にあるのは、(1)病院数が少ないうえ、移動距離が長く交通手段も乏しい、(2)地域保健員(CHWs)と病院の協力体制の不備、(3)劣悪な衛生環境(自宅での出産は動物の皮の上で行うなど)、(4)住民の知識不足並びに男性の参加・理解の乏しさ――といった問題です。実際、水へのアクセスが可能な世帯率は3.8%、トイレのある世帯率は2.7%にとどまっています。

現地の状況を説明する竹安海外事業本部長(執行役員) Photo=Kawamura Masakii ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

塩野義製薬でプロジェクトを統括し、現地にもたびたび足を運んでいる竹安正顕海外事業本部長(執行役員)は、実情を次のように説明します。

「牛の糞を混ぜた土で建てられた家で暮らしており、屋内で家畜を飼っているのが当たり前です。彼らは牛とともに暮らす民族ですが、牛の糞とともに暮らしているという側面もあるのです。また、トイレは屋外にありますが、雨季にはそこから汚水が流れ出してくる状況です。感染症の原点がここにあるのだろうと思っています」

地道な啓蒙活動と新診療所開設で状況の改善に取り組む

こうした状況を改善するため、プロジェクトではまずコミュニティでの巡回診療や予防接種、啓発活動を行うとともに、設備もままならない小さな診療所に代わって、スペースを十分に確保して設備の整った新しい診療所の開設に取り組みました。2016年11月に新診療所が開所したこともあり、冒頭に紹介したように来院数や施設での出産数は大幅に増加しました。2018年1月には産科棟が新たに完成し、出産に関する環境の改善はさらに進むことでしょう。また、衛生面での改善については、雨水貯水タンクを導入することでより安全な水の入手をしやすくするインフラ整備なども進めています。

ワールド・ビジョン・ケニアのミリアム ムベンベ ムニアフ(アソシエイト・ディレクター) Photo=Kawamura Masakii ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

今回、セミナーのために来日したワールド・ビジョン・ケニアのミリアム ムベンベ ムニアフ保健・栄養分野 アソシエイト・ディレクターは、これまでの活動を振り返って、次のように総括します。

「来院数や施設での出産数が2年間で大きく増えた理由は、直接的には新しい診療所できたからですが、地域コミュニティでの啓蒙(情報提供)活動も極めて重要です。どんなに立派な施設を作っても、コミュニティの人たちがその重要性や存在価値を認識しなければ宝の持ち腐れです。ですから、医療施設の必要性を認識していなかった人への呼びかけ(需要創造:デマンド・クリエーション)も行いました。1万5,000人のコミュニティで20件程度の出産数というのは多くないと思われるかもしれませんが、もともとマサイ族では自宅出産が当たり前のことでした。そこには完全な男性上位社会で、診療所に頼るのは身体が弱いからという意識もありました。そうした中で男性の許可を得て診療所に出産に来るということ自体が非常に大きな進歩なのです。このため、診療所で生まれた子供の父親にアンバサダーのような形で、その良さを広げてもらう役目を果たしてもらったりもしています。こうした啓蒙活動によってもたらされる住民の意識変化・行動変容こそサスティナブルな活動につながるものなのです。一定の成果が出てきているとはいえ、まだまだ課題は山積しています。まず、診療所のサービスの拡充、特に人材面での改善(人員・質)が必要です。ボランティアなどの保健員を活用して、コミュニティの自律的能力の形成(経験した人から情報伝達など)のための啓蒙活動もより進めていかなければなりません。男性のオピニオンリーダー的な人が育ってきていますが、まだまだ足りません。次回は意識変革・行動変容した男性の代表にスピーチしてもらえるくらいになっていることを願っています」

プロジェクトの今後の展開~自立的かつ持続的に事業を行える地域コミュニティの実現に向けて

M to Mは、当初2015年から3年計画の事業でしたが、今回2年延長して2020年までとすることが公表されました。

今後は、ムニアフ・アソシエイト・ディレクターが語ったような支援のさらなる拡充を進めていくとともに、自立的かつ持続的に事業を行える地域コミュニティの実現に向けた、エビデンスを確立するための検証作業を行っていく計画です。

検証作業は、塩野義製薬とワールド・ビジョンに加えて、現地で研究活動実績のある長崎大学、地元ケニアの大学が参画して行います。具体的には、事業地とそれ以外の場所で似たような状況のグループを選んで、コミュニティ(5歳未満児の身長・体重の定点観測)と診療所(下痢患者のサンプル採取)の双方からデータを集め、保健・栄養・水衛生・幼児教育という4つのセクターの総合的なアプローチからあるべき介入事業を探って実施し、その結果を科学的に評価していきます。

プロジェクトの今後の展開について説明するワールド・ビジョン・ジャパンの木内事務局長 Photo=Kawamura Masakii ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

ワールド・ビジョン・ジャパンの木内真理子事務局長は、その狙いについて次のように説明します。

「この地域で行っている『開発援助』という手法のキーワードは、『長期・包括・コミュニティ』の3つです。子供の健全な成長には、教育、健康に加えて、コミュニティにおいてロールモデルとなったりアドバイスを受けられたりする人(カウンセラー)の存在が欠かせません。これらが包括的に提供されることによって、長期的に持続可能な自立したプロジェクトになっていくのです。それでは、具体的にコミュニティが自立的に長期にわたり持続して妊産婦と子供の健康を守っていくことができるようにするためには何が必要なのかを考えると、最終的な目標となるのはアドボカシー(政策提言)です。つまり、支援するだけでなく、そこから得られた知見・経験に基づいてどのように政策や制度を変えていったら、途上国の状況が良くなっていくのかを考えて政策提言をしていくということです。そのために、プロジェクトを2年間延長して、塩野義製薬、長崎大学、ケニアの大学、ワールド・ビジョン(NGO)が、多様なパートナーとしてそれぞれの強みを生かして補完的な役割を果たしながら、より包括的でインパクトのある提言を生み出していくための活動検証を行っていきます。塩野義製薬と長崎大学にはそれぞれ民間企業・研究機関として現地の問題に取り組んでいる実績があります。ケニアの大学は、現地を知っていることと政府機関などとのネットワークを活用することで、調査を円滑に進める役割を果たします。ワールド・ビジョンはコミュニティに入り込んでいることにより、一般人ではわかりにくい調査の意義・内容や結果をわかりやすく伝える力があります。調査はエビデンス・ベースド・アプローチで実証性を重視しています。事業地で子供たちの保健・衛生状況をよくしていくための政策提言としてきちんと関係者に伝えられる情報を発信することが大きな目標ですが、この調査・検証作業自体がコミュニティにおけるサスティナビリティにつながることも期待しています。結果として得られたエビデンスをコミュニティの人にわかる言葉で伝えることによって、住民の意識や理解が向上し、なぜ問題なのか・どう解決したらいいのかという思考につながっていけば、それが地域の状況を自分たちで変えていく原動力になっていくはずです。そのために新たな政策や予算、人員が必要となれば、コミュニティ側が自分の言葉で適切な人たちに訴えていくようになってこそ、真に長期的に持続可能なプロジェクトになると考えています」

志を同じくする企業の力を結集した「チームジャパン」としての取り組みも視野に

塩野義製薬の竹安海外事業本部長は「支援体制のベースはできましたが、プロジェクトのサスティナビリティ、そして現地の住民が自立的に活動を継続していくためには、公的機関からの恒常的な支援が欠かせません。公的なものに引き継いでいくためには、活動の内容(仮説→介入→結果(データ))を科学的に検証し、普遍性のある部分と地域の特殊性のある部分をきちんと見極め、発信していく必要があります」としたうえで、将来に向けた展望を語ってくれました。

「必要な介入はまだまだたくさんあります。自立のためには収入が不可欠で、自ら得た経済価値を使い、次世代に必要なインフラを作っていくことができてこそ、サスティナビリティが実現したと言えるのではないでしょうか。エビデンスを科学的に検証していくというアプローチは、私たち製薬会社にとって非常に慣れ親しんだものですから、そこに向けたきっかけの仕組みづくりくらいまでやっていきたいと考えています。社会インフラが整っていない地域だからこそ、技術革新が不連続な急成長と生活の大きな変化をもたらします。実際、中継基地が増えるとあっという間に携帯電話が普及してネットを使ったおカネのやり取りが行われるようになったり、ソーラーパネルの導入で送電線がなくても電気が使えるようになり、夜でも子供が勉強できる環境になったりということを目の当たりにしています。一製薬会社にできることには限界がありますが、日本の会社があちこちでいろいろな実験を行っています。志は皆さん、同じでしょう。モバイルによる遠隔診断やドローンを使った物流など、思い付くことはたくさんありますから、「チームジャパン」として、多様な技術を持ち寄り支援していくためのマッチングなどもやっていければとも考えています」

竹安海外事業本部長は企業の枠を超えた「チーム・ジャパン」としての取り組みも視野に入れている Photo=Kawamura Masakii ©TRANSMEDIA Co.,Ltd

【前回記事】

ケニアの母子へ支援のバトン。サスティナブルな自立に繋げるカギは【チーム日本】

記者:永瀬 恒夫

法政大学工学部経営工学科卒。1983年、日経マグロウヒル社(現日経BP社)入社。日経ビジネスなど経営誌・専門誌の記者、副編集長、書籍編集などを経てフリーランスに。現在は(株)トランスメディアの編集顧問や企業のオウンドメディア運営に携わる傍ら、ライター/エディターとして記事執筆や書籍編集など幅広く活動。担当した主な書籍に「ビジョナリーカンパニー」「コーポレートファイナス」(いずれも日経BP社)などがある。

ーーBackstage from “ethica”ーー

ポポンSは子どものころ、我が家でも常備しており、自分もお世話になった記憶があります。また、某民放局の長寿音楽番組をよく見ていた私には、セデスと並ぶ塩野義製薬の看板プロダクトというイメージが強く残っています。そして、1990年代前半には塩野義製薬がF1のスポンサーとなり、ポポンSのステッカーを貼ったレースカーがサーキットを疾走した姿が目に焼き付いています。それから20年余り(誕生から言えば60年超)、医薬品という特殊性はあるにしろ、いまだにトップブランドとして重要な役割を果たしていることに、ある種の感動を覚えました。これを機に、永続できる企業やプロダクトは「何が違うのか」を改めて考えてみたいと思っています。

私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp

永瀬 恒夫

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