2018年6月、映画『IN-EI RAISAN(陰翳礼讃)』(高木マレイ監督)の発表会会場となった建仁寺塔頭 両足院(京都府京都市)にて、同映画で主演を務めたモデルの国木田彩良さんとethica編集長・大谷が対談を行いました。前編に続き、後編では、映画出演を通じて発見した日本文化について、国木田さんにうかがいました。
海外から見た日本のイメージと実際の日本
大谷: 今回、国木田さんは映画『IN-EI RAISAN』に謎めいた茶人の役で出演されましたね。
国木田: はい。初めての主演映画です。
大谷: 映画の原案となっている谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』は、世界中で翻訳されて、多くの人々に読まれています。日本の文化を広く発信した作品と言って良いと思います。国木田さんは生まれてから20年間をパリで過ごされたとのことですが、お母様の生まれ育った国について、どのようなイメージを持たれていましたか? あるいは一般的に、海外の人にとって、日本はどのような国に見えていると思いますか?
国木田: 多くの訪日外国人は、いわゆる「伝統的な日本」を見に来るものと思います。けれど実際に日本に来てみると、伝統的なものだけでない、それ以上の日本に出会うことになります。エッジーで洗練されていて、もちろん保守的でもありますが、一方ではハイテクで、とても先進的な。
大谷: やはり寺社仏閣が多い京都や、下町情緒ただよう浅草などは外国人旅行者の観光地として人気が高いですが、最近注目されているのはそうした「古き良き日本」だけではないようですね。たとえば自販機やトイレといった、街中どこにでもあるようなものに高度なテクノロジーが使用されていたり、我々から見ればごく一般的なサービスなども、海外の方の目にはそのホスピタリティが新鮮に写るようです。
国木田: それに、伝統的なものというと、茶道であったり、書道であったり、日本舞踊といったものが思い浮かぶと思いますが、実際には、それらは保守的というよりはモダンで、コンテンポラリーな要素を多く持っています。
大谷: 洗練された所作は、時代を越えて人の感動を呼び起こす力強さと美しさを持っていますよね。
自国の文化への愛着
国木田: ひとつ確かなことは、外国の人々がこうした日本の文学や芸能、美学をこよなく愛するのは、それが他のどこにも見られないということです。他のどの国でも、伝統的な衣装を、世代を超えて着こなすということは見られません。
大谷: 確かに、着物は、誰もが日常的に着るものではなくなってしまいましたが、好んで着物を着る女性はたくさんいますし、若い女の子でもお祭りや花火大会では浴衣を着ますね。七五三や成人式、結婚式でも、着物を選ぶ人は多いですし。
国木田: 日本人は自身の文化に深い愛着があるのだと思います。歴史的に、日本が敗戦によって変化を強要されたことも、トラウマ的な要因と言えば良いでしょうか。自国の文化に愛着を持つことは、私は非常に大切なことだと思います。
大谷: 谷崎の『陰翳礼讃』は戦前に書かれたものですが、明治の欧化政策によって、日々の暮らしが否応なく変化していった状況は、戦後の状況と、ある意味では似ていたのでしょうね。
国木田: 私は、色んな人から、海外で育ったことを素晴らしいことだと言われてきました。けれど半分日本人である私としては、半分でも日本の一部であることをとても幸運に感じています。私は常に「部外者」として見られますし、日本の保守的な一面は認めざるを得ないですが、その伝統と文化を、できるかぎり守っていけたらと思います。
言語を越えて映像が伝える、シンプルな日本の美
大谷: 映画『IN-EI RAISAN』は、そうした固有の文化を映像で表現しようという試みだと思います。原案の『陰翳礼讃』に見られる谷崎の洞察と感性は、世代をこえて多くの人々の共感を得ていますが、少なくともある側面においては、映像は随筆にはない訴求力や波及効果を持っていると思います。特に言語圏の異なる地域でのコミュニケーションとして、大変有用ですね。
国木田: 意志を伝え合うのに言葉が不要って素晴らしいことだと思います。ただ感情を伝えようとするだけでいい。映像はもちろん、ファッションもそうですし、絵画や写真も。あ、あと、匂いも良いですね。こういった言葉のないイメージが、時に大きなインパクトを与えることができるということは、非常に興味深いことだと思っています。
大谷: 前半おっしゃっていたように、女性たちが直接言語化できない思いや主張を表現するために、ファッションはこれだけ多様に発展してきたわけですからね。
国木田: 日本の美とは何かって、実はとてもシンプルなんですよ。それはつまり壁を打つ雨音であったり、風に揺れる木々の音だったり、一年を通して変わる色彩などです。これらは誰にとっても、間違いなくインパクトフルでしょうね。もしかしたら日本の人たちはもうそれに慣れてしまっていて、感動は少ないかもしれませんが……。
大谷: そうやって日本人が気づけずにいた……というか忘れてしまいそうになっていた身近な美を、昭和初期に文字化したのが谷崎の『陰翳礼讃』ですね。『陰翳礼讃』が翻訳され、海外に広く紹介されたのは戦後になりますが。
国木田: 日本の人たちも、フランス語がわからなくても、フランスの文化やフランス人の美意識を魅力的に感じたりするはずです。翻訳という過程において損なわれてしまう部分も当然あるとは思いますが、背景にある思想は、依然そこに生きています。文学において、異国の価値観、特に日本のものを伝えることは難しいことだと思います。ですが、『陰影礼讃』の場合は、外国人であっても、翻訳を読んで、そこに流れる美学をまるごと感じ取ることはできたのだと思います。
自然体で、パロディでないものをつくる
大谷: 今回の映画の撮影で、国木田さんが特に注意した点というか、どんなところがチャレンジングでしたか?
国木田: 今回の撮影における挑戦は、やはり「日本とは何か」について「パロディではないものをつくる」ということでしょうか。
大谷: パロディ、というと?
国木田: 茶道とか書道、舞踊、あるいは禅といったものに関する映画は、沢山ありますよね。そういったもののパロディになってしまったり、アメリカ風の仕上がり……つまり、大衆向けにデフォルメしたり、ということは往々にしてあると思います。なので、私にとっての挑戦は、そういう「いかにも日本人」な演技をせずに、観る人に日本人らしさを感じさせるということでした。
大谷: 自然体を表現する、ということでしょうか。かなり高度な挑戦ですね。
忍耐の文化、忍耐を見せない文化
国木田: 映画の撮影中、正座をしたことで、私は日本の「忍耐の文化」と、「忍耐を見せない文化」というものを深く実感しました。正座をしている最中でも、何より美しく見せなければいけない。けれど、その努力を表に見せてはいけない。それが難しかったです。もちろん、お茶を点てること自体も、本当に難しかったです。今までしたことがありませんでしたから。
大谷: 日本に生まれ育っても、長時間正座して、きれいな姿勢を維持するのは難しいですよ(笑)。と言って、椅子に座ってお茶を点てるのでは、何か違和感を覚えます。あらゆる要素が揃って、あの茶室の空間の中で完結する美の法則のようなものが、茶道の心得のあるなしに関係なく、人の心を揺さぶるんでしょうね。
国木田: とてもたくさんのルールがあって大変だし、それを作業っぽくなく、さりげなく見せなければいけない。日本にまつわることはすべて、細部へのこだわり、多くの手順、努力などに行き着くんだと思いました。それらを見せないという努力もそうだし、そもそも努力など存在しないという風に、ゲストに簡単で自然に感じさせるのです。それがとても謙虚だなと、いかにも日本人らしいと感じました。
自分自身を誇らしく生きること
大谷: それでは最後に、国木田さんの「私によくて、世界にイイ。」ことを教えていただけますでしょうか?
国木田: 女性としての自信を高め、日々変わる社会で成長すること。女性であることを誇り、自立していること。
私自身がそうあることで、他の女性たちにも、そのエネルギーを分け与えられるものと思っています。そして私たちみんなで抑圧的な規範に変革をもたらし、誰もが自由になれるのだと思います。
大谷: 映画の中の佇まいに、国木田さんの想いが表れているようです。本日は貴重なお時間をありがとうございました。今後「ethica」でも、映画『IN-EI RAISAN』を全面的に応援していく予定です。
国木田彩良(くにきださいら)
1993年ロンドン生まれ、パリ育ち。日本人の母とイタリア人の父を持ち、明治時代の小説家・国木田独歩の玄孫にあたる。「VOGUE JAPAN」「ELLE JAPON」「L’OFFICIEL Japan」「婦人画報」「25ans」はじめ多数のファッションマガジンや「三越伊勢丹」「UNIQLO」の広告など幅広く活躍中。
聞き手:ethica編集長 大谷賢太郎
あらゆる業種の大手企業に対するマーケティングやデジタルの相談業務を数多く経験後、2012年12月に『一見さんお断り』をモットーとする、クリエイティブ・エージェンシー「株式会社トランスメディア」を創業。2013年9月に投資育成事業として、webマガジン「ethica(エシカ)」をグランドオープン。2017年1月に業務拡大に伴いデジタル・エージェンシー「株式会社トランスメディア・デジタル」を創業。2018年6月に3社目となる「株式会社トランスメディア・クリエイターズ」を創業し、小粒でもぴりりと辛い(体は小さくとも才能や力量が優れていて、侮れないことのたとえ)『山椒』を企業コンセプトに作家エージェント業を始動、ショートフィルム映画『IN-EI RAISAN(陰影礼讃)』を製作プロデュース。2023年までに、5つの強みを持った会社運営と、その5人の社長をハンズオンする事を目標に日々奮闘中。
記者:ethica編集デスク 松崎未來
東京藝術大学美術学部芸術学科卒。同大学で学芸員資格を取得。アダチ伝統木版技術保存財団で学芸員を経験。2011年より書評紙『図書新聞』月刊誌『美術手帖』(美術出版社)などのライティングを担当。2017月3月にethicaのライター公募に応募し、書類選考・面接を経て本採用となり、同年4月よりethica編集部のライターとして活動を開始。関心分野は、近世以降の日本美術と出版・印刷文化。
ーーBackstage from “ethica”ーー
10月5日、両足院で開催された映画『IN-EI RAISAN』の上映会および展覧会に行って参りました。
映画『IN-EI RAISAN』 上映情報
① 〜STORYGENIC KYOTO〜 『IN-EI RAISAN(陰翳礼讃)』
会期:2018年10月5日(金)〜7日(日)【終了しました】
会場:両足院(建仁寺内)
時間:5日(金) 10:00〜16:00/*17:00〜20:00
6日(土) 10:00〜17:00
7日(日) 10:00〜17:00
入場料:1,500円(展覧会鑑賞料含む)
※上記 *印 ニュイ・ブランシュKYOTO開催時間帯は入場無料。
② 芦屋市谷崎潤一郎記念館開館30年記念イベント 映画『IN-EI RAISAN(陰翳礼讃)』上映会
日時:2018年10月8日(月祝) 13:00〜/15:00〜、14日(日) 13:00〜/15:00〜
会場:芦屋市谷崎潤一郎記念館 講義室
特別割引価格:500円(入館料込み)
お申込み:0797-23-5852(谷崎潤一郎記念館) ashiya-tanizakikan@rhythm.ocn.ne.jp
詳細は、谷崎潤一郎記念館のホームページをご参照ください。
今後の上映情報は、映画「IN-EI RAISAN」のFacebookページでご案内します。
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp