新企画「あなたにとってウェルビーイングとは何か」を担当します永島郁哉と申します。早稲田大学大学院で社会学を研究しながら、休日には古着屋に行ったり小説を書いたりします。
この連載は、ストレス社会に生きる私たちが、ふと立ち止まって「豊かさ」について考えるきっかけとなる、ささいな休憩所のようなものです。皆さんと一緒に、当たり前だと思っていた価値観を一つ一つほどいていく作業が出来たらと思います。
新企画「あなたにとってウェルビーイングとは何か」を担当します永島郁哉と申します。早稲田大学大学院で社会学を研究しながら、休日には古着屋に行ったり小説を書いたりします。
この連載は、ストレス社会に生きる私たちが、ふと立ち止まって「豊かさ」について考えるきっかけとなる、ささいな休憩所のようなものです。皆さんと一緒に、当たり前だと思っていた価値観を一つ一つほどいていく作業が出来たらと思います。
気付いたら梅雨が明けてしまい、全く今年は雨というものに面と向かって対峙する機会が無かったなと、少し残念に思っているところです。というわけで梅雨は終わってしまったのですが、私たちは生きる上で雨と向き合わないわけにはいかないので、この企画はもう少しだけ続きます。
雨に振られて衣服が濡れるときの不快感、そこには他の状況では言い換えられない独特な感覚があります。一方で、その不快感に付随した思い出というのもまた独特であって、今回紹介するのは、衣服を濡らすことの後に付いてくる小さな幸せです。
「私は小さい頃から、やんちゃな性格でした。確かに物静かではあったのですが、向こう見ずというか、後先考えずに突っ走ってしまうタイプの人間で、親からはしょっちゅう『もっと考えて行動しなさい』と怒られていました。だからといって、それがすぐに直るわけでもなく、欲望に従って道を決めていく生き方は、結局今に至るまで続いています。
そんな私は雨が好きでした。行き当たりばったりな感じが私の性格に似ていたからかもしれません。1週間後の天気どころか、明日の天気さえ外れることがあるという、その曖昧さが私にとっては大して問題ではなかったからでしょうか。とにかく、学校で皆がてるてる坊主を作る中、私はいまいち気乗りしないような、そんな子供でした。
雨が降ると決まってやっていたことがあります。それは運動場をひたすら走り回ること。もちろん傘など差しません。まるで干ばつの続いた土地に雨が降ったときのように、ただ、天からの恵みに感謝し、全身で喜びを表現します。何故そうしていたのか、理由はなかったと思います。ただ楽しいからとか、そんな程度です。びしょびしょに濡れてしまうことなんか全く考慮に入れていなかった(というか未来のことなど考えられなかった)ので、ただ『楽しい』ということだけで十分だったのです。
そしてある程度走り回って疲れ切ると、ハッと我に返ります。母に怒られる。『風邪ひくよ』と言われて、玄関で来ていた服を全部脱がされる。そんなことが頭をよぎります。といっても、もはやどうしようもないので、そのまま帰宅します。案の定、母は玄関口でタオルを持って待ち構えていて、『あんた、風邪ひくよ』と言います。私は素直に母の言うことを聞くしかありません。靴を脱いで立ち、母が頭の上から大きなバスタオルをバサッとかけます。小言を言いながら、全身を拭いてくれるまで、私はじっとしています。
でも、どういうわけか私はその時間がとても好きでした。バスタオルのいい香りがほのかに漂って、少しだけ冷えた体をフワフワの優しい感触が包みます。母の少しだけ乱暴な拭き方も、なんだかくすぐったくて思わず笑ってしまいます。玄関口でのそのやり取りが、私にとっては何よりも大事な瞬間だったのだろうと、今は思います。
雨が降る。運動場を走り回る。びしょ濡れで帰宅する。母に体を拭いてもらう。そこまでが一つの一貫した思い出で、私と雨をつなぐ、とても美しい情景でもあります。
いつからそれをしなくなったのか、覚えていませんが、私は今でもたまにそれを思い出しては、衣服が張り付く不快感とバスタオルの柔らかく暖かい感覚を懐かしく思っています。」
雨に濡れるという行為の異なる側面を上手に描写してくれています。不快感の先にある幸福。それは「雨」という現象がなければ訪れなかった幸せでもあります。もしかすれば、ウェルビーイングというのは、そうした視点の転換によってもたらされるものかもしれませんね。
今回の連載は如何でしたでしょうか。バックナンバーはこちらからご覧頂けます。
永島郁哉
1998年生まれ。早稲田大学で社会学を学ぶ傍ら、国際学生交流活動に携わる。2019年に公益財団法人イオン環境財団主催「アジア学生交流環境フォーラム ASEP2019」に参加し、アジア10カ国の学生と環境問題に取り組んだ他、一般社団法人アジア教育交流研究機構(AAEE)では学生スーパーバイザーを務め、ベトナムやネパールでの国際交流プログラム企画・運営を行っている。2019年9月より6か月間ドイツ・ベルリン大学に留学。
——Backstage from “ethica”——
今回の連載は、読者対話型の連載企画となります。
連載の読者と、執筆者の永島さんがオンラインオフ会(ZOOM)で対話をし、次の連載の話題や企画につなげ、さらにその連載を読んだ方が、オンラインオフ会に参加する。という形で、読者との交流の場に育てていければと思います。
ご興味のある方は、ethica編集部の公式Facebookのメッセージから、ご応募ください。
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抽選の上、次回のオンラインオフ会への参加案内を致します。
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
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