国家プロジェクトともいうべき、文化庁の京都への移転。2023年3月27日の新・文化庁の業務開始を目前に、京都に本社を構える企業のトップ達はこの状況をどう受け止め、今後に向けてどのような想いを抱いているのだろうか。ethicaと日経ビジネスの共同企画として、実業界を代表する4人のキーパーソンにインタビューする全4回の連載シリーズ。第1回は、株式会社ジーエス・ユアサ コーポレーション(以下、GSユアサ)の取締役社長CEOであり、公益社団法人京都工業会の会長である村尾修(むらお・おさむ)氏にethica編集長の大谷賢太郎(おおたに・けんたろう)がお話を伺った。
本連載の位置づけ
伝統文化や技術、自然との調和など、数多くの無形資産がある京都。IT分野の先駆者であるスティーブ・ジョブズは日本文化に深い関心を持ち、時折京都を訪れていたといわれている(※注)。ジョブズの例に限らず、京都にインスピレーションを受けた経営者や文化人は数多く存在する。京都には「伝統文化、自然や社会との調和」がもたらす「革新的なものづくり」の源泉があるのではないだろうか。そんな仮説をもとに、京都を代表する実業家を訪ねる本企画。全4回のうち、第1回は村尾氏を訪ねた。
村尾氏が代表を務めるGSユアサは、自動車用バッテリーや産業用電池、無停電電源システム、深海調査や宇宙開発に貢献する高性能な電池などを展開する企業である。2004年、日本の蓄電池の礎を築いた日本電池(GS)とユアサコーポレーションが経営統合し、GSユアサが誕生。一貫して時代の声に耳を傾け、社会に新しい価値を提案し続けることで、幅広いフィールドでの活躍を果たしてきた。現在は「ものづくり」だけでなく、エネルギーマネジメント技術を駆使した「コトづくり」に向けて挑戦を続けている。
(※注)出典:NHKスティーブ・ジョブズin 京都
なぜ、京都に魅了されるのか?
前段のスティーブ・ジョブズに代表されるとおり、京都は世界中の多くの人たちを惹きつけている。では、村尾氏にとっての京都の魅力とは。
――京都の魅力を挙げるとしたら、主にどんなことでしょうか。
京都は、天皇が1000年以上暮らした首都です。古都として独自の雰囲気や魅力があり、歴史の重みという意味において、ほかの地域では真似できない部分がたくさんあります。京都では、他の都市にはないしきたりやものごとの考え方が、暮らしのなかで大切に受け継がれてきました。たとえば、京懐石や京野菜もそのひとつです。
このほか、毎年8月中下旬に行われる民俗行事「地蔵盆」は、地域の安全や子どもたちの健やかな成長を願って行われるもので、古くから親しまれています。私自身も、子どもたちが小さいときには地蔵盆に毎年参加していました。子どもたちはもちろんですが、大人たちも喜んでいました。
京都というとクールな印象を持つ人も多いですが、昔ながらの慣習を大切にする地域です。同時に、京都には古き良き日本文化が残っているという印象を受けます。こうした在り方に、大きな魅力を感じています。
文化、観光、インバウンド
――京都には豊かな文化や観光名所があり、国内はもちろんのこと、日本文化に興味を持っている世界中の多くの人たちを惹きつけています。インバウンドという視点から、京都をどのように捉えていますか。
長期間に渡り、京都は政治や文化、経済の中心地でした。江戸時代に入ったときに、人口が10万人を超えていた数少ない都市のひとつが、京都でした。気候や風土という面においても、京都は恵まれていたといえます。多くの人を惹きつけ、世界に誇るレガシー(遺産)がこの地域にはたくさんあります。身近なところでは、私の住まいは嵐山にありますが、川と山の比率がとても素晴らしいと日々感じています。
京都に本社を構えていること、京都ブランド
――本社は京都にありますが、京都に本社を構える魅力はどんなところにありますか。
京都は比較的狭い地域に関連企業が多く集まる「産業集積」が進んでいます。そのため、サプライチェーンを構築するのに最適な場所だと考えています。これは、京都ならではの強みです。
また、職人気質が根付いていて「ほかにないものを作り出す」という雰囲気があります。京都では、織物や手工芸に代表されるように、「分業制」による丁寧なものづくりが古くから行われてきました。実際に、当社のサプライチェーンにおいても、ものづくりに丁寧に向き合う会社が多いです。
当社の主要製品のひとつとして、国際宇宙ステーションの電源や気象衛星、潜水艦用のリチウム電池があります。いずれも丁寧なものづくりが求められるものばかりで、「京都だから製品を生み出すことができる」と考えています。ここにも京都に本社を構える大きな意味があります。
――海外から見ると「日本のものづくりは丁寧」というイメージが強いです。
製品の角や端の部分など、見えない部分にも細心の注意を払っています。目に見えないような傷がひとつあるだけで、製品として市場に出すことができません。その意味では「ビジネスモデルで成功しても量産化で負ける」という弱点があります。今後は、丁寧なものづくりを大切にしながら、量産化についても対応していきたいですね。
――京都が持つブランド力についてお考えをお聞かせください。
京都には、古くからの歴史と先進気鋭の精神があります。技術開発の会議では「理論を学んだら、その応用を考えなくてはならない」「『死に学問』ではだめだ」とよく言っています。これは、理論を製品に生かす、社会の役に立つことが大切ということを意味しています。京都ならではの歴史と独自の精神をもとに、社会が必要とする新しいものをどんどん生み出していきたいですね。
サステナビリティ―、調和
ethicaはエシカルライフに焦点をあてた日本初のwebマガジンであり、サステナブルな社会を考えていくために2013年に創刊した。ここでは「サステナビリティ―」「調和」というキーワードをもとに、村尾氏の想いを伺った。
――京都には、伝統文化や自然との調和など、数多くの無形資産があります。貴社では「地域社会との共生」として事業活動を通じたSDGsへの貢献を推進しています。活動の趣旨について、詳しく教えていただけますか。
当社の主要製品として、自動車やバイク用のバッテリー、産業用蓄電池・電源システムがあります。サステナブルと親和性の高い製品を作っているため、地域社会との共生を進めていきたいと考えています。当社の社是は「革新と成長」であり、これは2004年の経営統合時に作ったものです。自らもサステナブルに成長し、サステナブルな社会の実現に必要とされる、課題を解決するような製品を作っていきたいと思っています。
ものづくり、イノベーション
前段のスティーブ・ジョブズの例に限らず、京都にインスピレーションを受けた経営者、文化人は数多く存在する。では、村尾氏の場合はどうなのだろうか。
――貴社では、電池で培った最先端のエネルギー技術を通して、幅広いフィールドで活躍しています。ものづくりのイノベーション(技術革新)という意味において、京都という土地柄はどのように関係していると思いますか。
これまでは「売り切り」というスタイルが多かったのですが、今後は「ものづくり」「ことづくり」によって世の中を変えていきたいと思っています。たとえば、現在のリチウムイオンは寿命が約20年と長く、いったん購入いただいた後は遠隔で見守ることになります。そこで、サブスクリプションとして、製品を売るだけでなく、20年間メンテナンスをしっかりと行い顧客の利益に貢献していきたいと考えています。
新入社員や中途社員に対しては、「革新と成長」の話をよくしています。革新と聞くと技術革新や業務革新というイメージが強く、ハードルが高いと考える場合が多いようです。しかし、私は「技術の融合や統合」も革新につながると思っています。ハードルが高いと考えるのではなく、技術を組み合わせることでイノベーションを推進し、サステナブルな取り組みを進めていきたいと考えています。ここにも、先ほどお話した京都の先進気鋭の精神に通じる部分があるかもしれません。
新・文化庁に期待すること、自らの抱負
最後に、文化庁の京都への移転に際して文化庁に期待することと、京都の文化醸成にどのように貢献していきたいかについて、京都工業会の会長としての立場から村尾氏の考えを伺った。
――新・文化庁に対して、どんなことを期待していますか。
文化は人々の心を豊かにし、生活に活力を与えます。また、人種や国籍を問わずお互いの理解を深め、平和を実現する大きな力を持っていると考えています。今回の移転を機に、文化庁の方々にもリアルな京都の文化に直接触れて理解を深めていただきたいです。京都から私たち日本人の文化力向上につながる施策を強力に推進すると同時に、世界中に向けた日本文化の魅力発信を行い、多くの国々との相互理解や国際協力につながるような積極的な活動を期待しています。
――文化庁の京都移転にあたり、京都の文化醸成に対してどんな動きをしていきたいですか。
文化庁の移転は、私たち自身にとって「ものづくりと文化の関わり」について改めて考える機会になりました。当社には、会社のルーツにまつわる部品や昔の製品などを展示した「レガシーホール」があります。京都工業会の会員企業のなかには、記念館を開設している会社もあります。たとえば、期間を絞って特別公開等で協力を依頼し、京都全体で「ものづくり文化」を発信することができるかもしれません。
また、各社に伝わる美術品や芸術品を所有している企業もあります。それらをまとめて展示することも可能かもしれませんね。文化庁を核に「京都まるごと博物館」、言い換えれば「京都フィールド・ミュージアム」として展開できると考えています。
取材を終えて
京都で長年培われてきた丁寧なものづくりの精神を大切にし、技術を組み合わせることでイノベーションを推進し、サステナブルな取り組みを進めていきたいと話す村尾氏。文化庁の京都移転に際しては、京都の文化醸成に対して展示協力などの展望を熱く語っていただいた。
京都に魅了された人が、実業を通じて京都の文化や経済を盛り上げるべくさまざまな事業を展開する――。これこそが京都独自の在り方なのかもしれない。そして、新・文化庁の業務開始を目前に、未来と真摯に向き合う村尾氏の姿が、一緒に事業を推進する人たちの基になっていることは間違いないだろう。
村尾修(むらお・おさむ)
1982年4月日本電池株式会社(現 株式会社GSユアサ)入社、2015年6月株式会社ジーエス・ユアサ コーポレーション 代表取締役社長(現任)、株式会社GSユアサ 代表取締役社長(現任)。2021年5月一般社団法人 電池工業会 会長(現任)、2022年6月公益社団法人京都工業会 会長(現任)。
聞き手:ethica編集長 大谷賢太郎
あらゆる業種の大手企業に対するマーケティングやデジタルの相談業務を数多く経験後、2012年12月に『一見さんお断り』をモットーとする、クリエイティブ・エージェンシー「株式会社トランスメディア」を創業。2013年7月に投資育成事業として、webマガジン「ethica(エシカ)」を創刊。2017年1月に業務拡大に伴いデジタル・エージェンシー「株式会社トランスメディア・デジタル」を創業。2018年6月に文化事業・映像事業を目的に3社目となる「株式会社トランスメディア・クリエイターズ」を創業。
創業11期目に入り、自社メディア事業で養った「情報力」と「アセット」を強みに「コンテンツ」「デジタル」「PR」を駆使した「BRAND STUDIO」事業を展開するほか、エシカルでサステナブルな世界観、ライフスタイルをリアルに『感動体験』する場を展開。
文:松橋佳奈子
早稲田大学理工学部建築学科卒。企業とNPOにてまちづくりの仕事に携わり、バックパッカーとしても35カ国を訪問・視察し、世界各地の風土と食文化について考察を深める。登録ランドスケープアーキテクト(RLA)と国際薬膳師の資格を取得。現在は「ethica(エシカ)~私によくて、世界にイイ。~ 」の他、食やエシカル、ソーシャルビジネスについての執筆活動を行っている。
私によくて、世界にイイ。~ ethica(エシカ)~
http://www.ethica.jp